WT
2017.12.05
ティルマンスも歌った、エクスペリメンタル精神を30年貫く電子音楽の祭典「Berlin Atonal」
TEXT BY SAKI HIBINO
クラブカルチャーの聖地ベルリンが、いまも先端でいる理由は何か。その背景には、エクスペリメンタルな音楽アプローチに対するへのリスペクトが浸透している土壌がある。その深度を体感できるイベントの一つが、ベルリンで最大規模を誇る実験電子音楽の祭典「Berlin Atonal」だ。
ベルリンの壁がまだあった1982年に始まったBerlin Atonalが、1991年の休止から長い沈黙を遂げて5年前に復活。先鋭的な精神を持ったフェスティバルとして世界中のアーティスト、そして音楽フリークからラブコールを受けるこのフェスティバルの真髄に迫るべく、Berlin Atonalの3人のオーガナイザーにインタビューを敢行。アーティストにも挑戦を仕掛け、オーディオ/ビジュアル表現の実験の場として発展する、新Berlin Atonalをレポートする。
ベルリンで最もアバンギャルドな音楽の祭典
Atonalが始動したとき、まだベルリンはが東西に分断されていた。当時から現在までパンクスやアナキストたちが集う、西ベルリン・クロイツベルクにあるライブハウス「SO36」を会場に、最も革新的なバンドが演奏し、この街が持つ音楽精神に刺激を与えてきたのだ。そこには、EINSTÜZENDE NEUBAUTEN , Psychic TV 、Test Dept.、808 State 、Nick Cave & The Bad Seeds や初期のDepeche Mode といった、音楽シーンにおける数多くのパイオニアたちが、音を使った実験性の高いアートフォームの場としてAtonalに結集していた。
しかし、ベルリンの壁崩壊直後の1991年、Berlin Atonalの主催者であるディミトリ・ヘーゲマンがクラブ「Tresor」をオープンしたことに伴い、Berlin Atonalは期間未定の休止状態に陥ることとなった。その後、時代の流れに乗ってり、テクノ・クラブカルチャーブームの火付け役となったTresorの成功に続き、すぐ近くに今や世界最高峰のクラブの座についたBerghainが1998年にオープン。ベルリンのダンスミュージックシーンは一気に成長を遂げていくことになる。
歴史の再解釈から生まれる、先鋭的精神
23年間の静寂の後、2013年にBerlin Atonalを再開するという驚きの声明が発表された。会場は、歴史的建造物としても貴重な元発電所跡の巨大で美しいKraftwerkだ。現在のフェスのオーガナイザーは3人、初代ディミトリのもとでイベントプロデューサーとして活動していた、若いクリエイターが集まった。オーストラリア人のハリー・グラス、フランス人のパウロ・レイチ、そしてダブ・テクノのパイオニア、モーリッツ・フォン・オズワルドの甥であるローレンス・フォン・オズワルドだ。現在のAtonalをどう捉えているのか、彼らに話を聞いた。
「ローレンスとパウロはもともと、元発電所だったKraftwerkという場所で新しいプロジェクトの可能性を考えていた。当初の創業者であるディミトリがクラブTresorで築いてきた音楽の歴史に対して敬意を捧げるという意味でも、かつてのAtonalの文脈を再解釈した計画を始められないかと模索していた。ディミトリからも、Atonalの復活を僕らのような若い世代に任せたいという言葉をもらって、このフェスティバルの再開に至ったんだ」
2013年の再開から5年、Berlin Atonalは現在の音楽シーンをどう意識しているのだろうか。ローレンスはこう語ってくれた。
「音楽シーンは、ファッションのトレンドと同じく常に変化し、新しいストーリーが紡がれている。それにつれて、歴史の解釈の仕方も変わってくるから、フェスティバルも毎回進化を遂げているんだ。僕たちは音楽の未来をアーティストたちとどう創っていくかをいつも考えている」
「例えば、数十年前、ディミトリ時代のAtonalで演奏したアーティスト、Clock DVAやMark Reederのようなアーティストは、現在も出演してもらっている。
一方で、Blackest Ever Black、Northern Electronics、Shackleton、Puce Mary、Alessandro Cortini、Demdike StareといったアーティストやPANやDiagonalといったレーベルなどは、復活を遂げたAtonalを一緒に創り上げるレギュラーになりつつある。
時代を築き上げてきたパイオニアは今も走り続けているし、新たに台頭してきたアーティストはフレッシュな感覚で我々に驚きを与えている。既成概念をぶち壊すわけではなく、実験音楽の文化を作り上げてきたディミトリ時代の Atonalの精神を理解した上で再構築している。その一例が、世代を超えた実験の場を作ること。観客だけでなく、ステージでも、すべての年齢の人々が創造性を掻き立てるようなパフォーマンスを披露する。出演アーティストも最高齢は70歳以上で、最年少のアーティストは20代前半といったように。そもそも、アーティストやオーディエンスは新しい領土を常に探索している。これは、フェスティバルを主催している私たちにとっても興味深い出来事なんだ」
大御所から新鋭まで、世界中のアーティストのための実験場
Atonal2017には、ルーマニア、ロシア、セルビア、北欧、中国、ジャマイカなど様々な国の現代音楽からハードとアンビエント、ドローンが入り混じるインダストリアルノイズのライブジャムまで、あらゆる種類の実験音楽とビジュアルを操る総勢100組以上のアーティストが集結した。
メイン会場となるKraftwerkでは、10のワールドプレミア(世界初)・ライブショーを含む、オーディオビジュアルパフォーマンスが、深夜からはBerlinを代表するクラブTresorとOHMを会場に、テクノやダンスミュージックのDJセットが翌朝まで繰り広げられた。
その5日間は、ここでしか見ることができない異ジャンルのアーティスト達のレアな共演を体感する為に世界中から音楽フリークが集まる。
今年のラインナップは、現代音楽界に置いて話題のコラボレーションの1つとも言える元Vex'dのアーティストRoly PorterとPaul Jebanasamによる新しいプロジェクトALTAR、イギリスのModern Loveレーベル所属Miles Whittaker & Sean Cantyによる異端ユニットDemdike Stareと映像作家Michael Englandによるオーディオビジュアルプロジェクト、LUST FOR YOUTHのLoke RahbekとPosh Isolationを主宰するChristian StadsgaardによるDAMIEN DUBROVNIKの集大成とも言えるパフォーマンス。Great Many Arrowsをはじめ、ジャマイカンダンスホールユニットEquiknoxx、デトロイトのGhetto TechからUKのBLEEP / JUNGLEに至るまであらゆるものをカバーするテクノセットで恐ろしい評判を得ているAnastasia Kristensen、UKテクノの重鎮であるOliver Hoの新プロジェクトBroken English Club、今年注目のデビューアルバムをPANからリリースしたPan Daijingなどが名を連ねた。
中でも最大の目玉と言えたのは、写真界のスーパースターウォルフガング・ティルマンスとイギリスのアンダーグラウンド・テクノ最重要レーベルDiagonalを主宰し、次世代のイギリスのUKテクノシーンを担うアーティストとしても名高いPowellのコラボレーションだ。
土曜日のトリを飾るこのワールドプレミアライブを求めて、会場はオーディエンスで埋め尽くされていた。Powellの冒険的なサウンドと共に、巨大なスクリーンには解像度の荒いビジュアルが映し出される。そして、フロントにはで歌うヴォーカルの姿が。
そのとき、会場にいた誰しもが混乱を覚えたに違いない。なんとそのヴォーカルは、ティルマンス本人だったのだ。何がこのステージで起こっているのか? この2人の自由かつ挑発的なセッションは、ライブ終演後、賛否両論の嵐を巻き起こすことになる。
実験的であることは、リスクを伴うということだ。同時に、耳の肥えたオーディエンスたちにに議論の場を提供することとなる。会場で知り合いに出会う度に、「あのアーティストはパッとしなかった。」「数年前のパフォーマンスの方が良かった」などストレートな感想が飛び交い、熱い議論に発展していく。
結果的に成功だったのか、失敗だったのかよりも、この実験によってどんな反応が生まれ、そのプロセスから何をものにできるか。このスピリットこそがAtonalの真髄なのかもしれない。
Atonalは、年々来場者数に応じてフェスティバルの規模も大きくなっている。クオリティはどこで維持しているのだろうか。
「一見すると『小さく見える』プロジェクトは、『より大きく見えている』プロジェクトよりもはるかに多くの労力と時間を要することもある。Atonalは年々大きくなっているけれど、コアになる実験的な精神は昔と変わらない。僕たちは、それぞれ違ったテイストや視点を持っていて、各自のこだわりも強い。その分、気が遠くなるほど話し合わなきゃならないんだけど(笑)。
でも根底にある実験性という精神のもとで決めていくと、結局、最後には同じ方向性にたどり着く。例えば、アーティストがワールドプレミア(世界初)のパフォーマンスを披露しようと決めたとき、正直その場で何が起きるかなんて僕たちにも予測不可能だ。純粋に音楽表現について考えた時、そこで起こることは楽しみでしかない。アーティストにとっても、ここが思い切りトライできるプラットホームになることを望んでいるよ。」
また一方で、近年ではテクノロジーの発展によって、誰でもできることが増える分、表現が均質化しやすい。
「音楽にテクノロジーを用いる機会ことはもはや当たり前のようになってきているけど、単にテクノロジーを利用するだけの仕事に興味はない。もし最新の技術を見たいのであれば、そうした趣旨をテーマにしたフェスやトレードショーに行けばいい。むしろ、僕たちはいつも別の問いを抱いている。
このテクノロジーを使って、どうやってオーディエンスを先導するような体験を与えるのか? このパフォーマンスは、私たちが何かを見る、そして何かを聴く動作に対し、どのような影響を与えるか? だ。最終的にはそのアプローチや表現が鍵となり、テクノロジー自体は重要ではない。だからこそ、今の音楽シーンを創り上げているアーティストには、その問いに対するアンサーをどう返してくるか期待しているよ。」
これだけの規模を誇りながらも、商業的側面に偏らず、アーティストにもオーディエンスにも挑戦を仕掛け続ける姿勢があるゆえに、Atonalは時代を牽引するフェスティバルであり続けているのであろう。
アーティストとオーディエンスの想像を掻き立てる“特別な空間”
ベルリンのクラブやコンサートホールの中には、廃墟になった総合病院、TV局、銀行、軍事施設跡を利用している場所も多い。
これほどの大都市にこんなにも廃墟が残っていることには驚くが、これらの巨大なコンクリートの建物はベルリンが辿ってきた歴史に付随して、絶望や威圧を感じさせる、当時の面影を残した状態のまま放置されている。
Berlin Atonalの会場であるKraftwark Berlinは元発電所跡を利用した複合施設。Atonalの初代主催者であるディミトリがオーナーを務め、同じ敷地内には、2つの老舗クラブTresorとOHMが並ぶ。
高い天井に骨組みだけで構成される広大で重厚なコンクリートの空間。この空間でピアノがどのように聞こえるか? ドラムマシンを演奏したらどうなるか? レーザーを当てたらどうなるか?
数ある廃墟の中でもこの建物は、完全に外部の音が遮断され、また空間に響く音の残響も素晴らしく、まさにアーティストの想像を掻き立てる特別な場所である。
「Berlin Atonalにとって”空間”は非常に重要。私たちがプロジェクトを行うとき、実際に人々の体験をどうデザインしていくかは、フェスティバルの良し悪しにも影響するので入念に行なっている。
コンサートを見ると言っても、実際ステージでアーティストが演奏しているのを眺めているだけでは意味がない。音楽もフェスティバルも、観たいものなら何でも寝室でダウンロードできる時代に、フェスティバルを行う意味をもう一度考え直す必要があるだろう。その意味では、このKraftwarkは過去に積み上げてきた音楽の歴史と、進んでいくこれからの音楽を体感できる特別な場所であることは間違いない」
Berlin Atonalは、今年の2月に東京でサテライトイベント「New Assembly」を開催した。
六本木SuperDeluxeと渋谷Contactを会場に、インダストリアル、ノイズ、アンビエント、テクノ、エレクトロ、ダブ、ベース・ミュージックといった分野のカッティング・エッジな才能たちが国内外から集結したこのイベント。元Nine Inch Nails のキーボーディスト、Alessandro Cortiniと日本のノイズ・アーティストMerzbow のコラボレーションや、ベルリンのRashad BeckerとEnaの共演などが話題となった。彼らは東京のカルチャーをどう捉えているのだろうか?
「東京は、ベルリンに比べるととても大きい都市。人もたくさんいて、所狭しと建物が建っている。ベルリンは、不思議なことに何にも使ってない空き地や廃墟を今でも簡単に見つけることができるけど、東京ではほとんど見ないね。そうなると、僕たちのように過去の歴史から何かを見つけ出して再構築していく作業は難しいのかもしれない。
ナイトライフも全然違うね。東京でほとんどの人はみんな終電で家に帰ってしまうけど、ベルリンは数日間くらい起きっぱなしだよ!(笑) でも、僕たちは東京が大好きだよ!だって、ベルリンよりもはるかに美味しい食べ物があるし、人も親切だからね」
最後に、サイエンスやテクノロジーとアートや音楽が結びつくことの可能性について訊ねてみた。
「面白い質問だね! それにはとても興味があるよ。実際、これらの接続は近代化が始まったときから続いているけど、最も重要なのはバランスを取ることだ。アートにおいてテクノロジーを使用する時、テクノロジーができることをダイレクトに見せることには疑問を感じる。それは新しいテレビのデモモードのようなものだ。むしろ、アートとサイエンスやテクノロジーの融合には、何らかの形で”そのものの本質”を表現できる可能性があるだろう」
最後に、彼らにとっての“実験精神”、“前衛的”とはどんな意味を持つかを訊ねてみた。
「これ以上にない、“ベストな精神”に尽きるかな!」
CREDIT
- TEXT BY SAKI HIBINO
- ベルリン在住のエクスペリエンスデザイナー、プロジェクトマネージャー、ライター。Hasso-Plattner-Institut Design Thinking修了。デザイン・IT業界を経て、LINEにてエクペリエンスデザイナーとして勤務後、2017年に渡独。現在は、企画・ディレクション、プロジェクトマネージメント・執筆・コーディネーターなどとして、国境・領域を超え、様々なプロジェクトに携わる。愛する分野は、アート・音楽・身体表現などのカルチャー領域、デザイン、イノベーション領域。テクノロジーを掛け合わせた文化や都市形成に関心あり。プロの手相観としての顔も持つ。