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2017.12.06

一度も世界を見たことのない全盲者の映画づくりに迫るドキュメンタリー「ナイトクルージング」

TEXT BY MIYUKI TANAKA

生まれつき全盲の男が、映画監督に挑戦すると聞いて、どんなイメージが湧くだろうか? 撮影は誰がするのか、カットの編集はできるのか、役者の選定は可能なのか? そもそも、完成した映画を観ることもできないのでは? 
いくつもの疑問が飛び交うが、その膨大なプロセスに迫るドキュメンタリー映画「ナイトクルージング」が絶賛制作中だ。これは、障害者のお涙頂戴な感動ストーリーではなく、人間のコミュニケーションの本質を問う映画になるという。プロデューサーの田中みゆきが解説する。

不可視なものを見る」とは、近年よくアート界隈で耳にする表現だ。それはあらゆる表現手段が消費され尽くされた反動として、従来の人間の身体や知覚を超えたものへの関心の高まりや、大文字のアートが拾いきれてこなかった物事や現象、関係性へ目を向けるための比喩として掲げられているように思う。しかしこの映画は、「不可視」を比喩としてではなく、圧倒的なリアリティとして持つ生まれながらの全盲者を主人公とする。いわば「不可視」はテーマではなく、自明な前提に過ぎない。

点字と凹凸で描かれた本を読む加藤

現在製作中の映画『ナイトクルージング』は、先天性全盲のシステムエンジニアでありミュージシャンの加藤秀幸が、SF短編映画を監督するプロセスを追ったドキュメンタリー作品。(監督・佐々木誠、プロデュース・田中みゆき)
現在、クラウドファンディングで支援者募集中
“視覚以外の”共通言語で、イメージを共有する

生まれてから一度も世界を見たことのない、視覚の記憶がない人が、初めて映画をつくる。そう聞いて、すんなり理解できる人がどれくらいいるだろうか。少なくともこれまでにそのような試みがされた痕跡はない。

そもそも目が見えない人が映画を観る、という状況にまず混乱する人が多くいるだろう。しかし最近はUDCastという、映画館で再生すると映画の音声と同期して視覚情報を補助する音声ガイドが再生されるアプリが開発され、それを使って映画を楽しむ視覚障害者が増えている。「できないのだから必要ない」という健常者側の思い込みにより生まれる障害は、テクノロジーによって乗り超えられてきた。

しかし、見ることとつくることは視覚の有無に関係のない、別の話だ。つくるためには、ただ見て楽しむだけでなく、自らが判断し、構築していくことが求められる。それはさすがに見えないと無理があるのでは...?そんな一見無謀と思われることに挑戦する人がいる。そう聞くと、多くの人は次にこんな期待を持つだろう。「きっとその映画は、わたしたち健常者がこれまで見たことのないものを見せてくれるはずだ」と。その期待すら視覚に縛られたものであることに気づかないまま。

映画「ナイトクルージング」は、生まれた時から目の見えない主人公の加藤が、たった一人で障害を克服しながら一生懸命に“映画らしきもの”をつくり、みんなに見てもらって生きる希望を与えるような作品……ではない

当たり前の話だが、映画制作はそもそも一人の創作行為ではない。撮影は撮影のプロがいて、音響、照明、衣装など、さまざまな分野のプロが集まって“イメージ”を共有しながら実現させていく。今回はそれらを束ねる監督がたまたま目が見えないという特徴を持っているに過ぎないのだ。

つまりこの映画は、視覚を共通言語として持たない制作チームが、視覚以外の共通言語を見つけながら、加藤の“イメージ”を映画として具体化させていくプロセスを描くドキュメンタリー映画である。

レゴブロックを使いながらシーンの状況説明をする加藤
加藤がメモ帳として愛用する点字キーボード

例えば、監督は絵コンテを認識することができない。その代わりに、どうやって絵コンテの機能を別の方法で代替し、チーム内で共有することができるのか。更に、カメラを覗くことができないので、カット割りという概念もない。では監督と撮影チームはどのように画を共有できるのか。顔や容姿が見えない監督は、どうやって出演者を選ぶのか。色の概念のない監督に、衣装の色の違いをどう伝えられるのか。

視覚障害者が「服の色を知りたい」という要望に応え開発された、さわって色を識別する触覚タグ「いろポチ」

それらはすべて、制作チームがこれまで乗り越えてきた課題のほんの一部に過ぎない。こうして挙げてみると、障害は加藤本人ではなく、視覚のない加藤と視覚のある制作チームという認識方法の違いによって生じるものだと分かるだろう。

視覚がない映画製作で生じる障害は、さまざまな手法で共通言語を見つけることで克服されてきた。そこで使われているのは、必ずしも最先端のテクノロジーではない。しかし、コミュニケーションやテクノロジーの本質的な役割や機能を考えるうえで示唆的なものが多く登場する。そして、視覚以外の聴覚や触覚、言語感覚を駆使して、それらさまざまなツールを吸収していく加藤の様子も目を見張るものがある。

自分のリアリティだけを描いても、他者との溝は埋まらない

障害の分野がテクノロジーと接近しているのは、欠損した機能を代替する役割を考える過程が、テクノロジーの本質的な役割を見直すことにもなるからに他ならない。今回加藤は、障害がもはや障害と捉えられなくなった世界を描くため、SF(サイエンス・フィクション)を題材に選んだ。それが私たち健常者の視覚を喜ばせるような表現になるかの保証はない。「生まれながらの全盲者」という、存在そのものがサイエンス・フィクションにも感じられるリアリティを凌ぐようなフィクションをつくれるかもわからない。

料理好きの加藤

しかし加藤は、そもそも自分のリアリティだけを描いても他者との溝は埋まらないことに最初から気づいていた。そこで映画では、先ほど挙げた、視覚のない加藤と視覚のある人の間にある認識のずれを描こうとしている。

まだ撮影を続けているなかで今言えることは、加藤の映画の世界には、人間が人間として生きていくために必要なものが描かれ、その範疇を超えたものは描かれないのではないかということ。個人的にはそんな気がしている。それらも含め、加藤が持つ視覚以外の感覚や感性でつくられた「環世界」を垣間見せるものであることは間違いないだろう。それはすでに映画以外の何者でもない。

INFORMATION

現在、クラウドファンディングを実施中(12月21日まで)!
「全盲者がつくる映画。見えないことで見えてくる世界を伝えたい!」
https://readyfor.jp/projects/nightcruising

映画「ナイトクルージング」公式サイト https://nightcruising.net/

 

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TEXT BY MIYUKI TANAKA
21_21 DESIGN SIGHT、山口情報芸術センター[YCAM]、日本科学未来館で展覧会やパフォーマンス、書籍や印刷物などの企画に携わる。デザインを装飾や意匠ではなく、社会の課題や物事の仕組みを整理し伝える手法と捉え、カテゴリーにとらわれないアウトプットを展開している。最近は「障害について考えることは世界を新しく捉え直すこと」をテーマに、障害の有無関係なく多様な人々が互いを尊重し生きられる社会に向けて、さまざまな活動を行う。 http://miyukitanaka.com/

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