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2018.04.11
デジタルアートはもう古い。アーティストが「バンド」であり続けること:NONOTAKインタビュー
TEXT BY MIREI TAKAHASHI
パリを拠点に世界中で活動するアーティストNONOTAKをご存知だろうか。2011年、建築スタジオで働きながらメタルバンドで活躍していたTakami NakamotoとイラストレーターのNoemi Schipferによって結成されたアートユニットだ。日本語を母国語のひとつとする彼らは、その卓越した音とビジュアルの世界観で人々を魅了し、世界中のアートイベントを飛び回っている。一方でトヨタやエルメス、ステラ・マッカートニーなど多くの大手企業とコラボレーションしながらも、決して自分たちのスタイルを曲げることはない。世界各国で活躍するアーティスト? 聞こえはいいかもしれないが、安全圏を確保しながら立ち回ることがよしとされがちな日本社会で生きる私たちが、彼らから学ぶことはきっと多いはずだ。
お二人で活動を始めたのは2011年からですね。その前は、Noemiさんはイラストレーターをされて、Takamiさんは建築事務所で働きながらメタルバンドの活動もされていたと伺いました。
Takami Nakamoto (以下Takami):僕はパリで生まれ育って、高校時代にバンドを始めたんです。建築を学ぶために大学に入ったのですが、バンド活動も順調で、そのころにドイツのレーベルとも契約しました。それで有名なバンドのゲストとしてツアーに行ったりしてギャラをもらい始めると、音楽で食べていきたいと真剣に考えるようになったんです。学校に行って徹夜してでも勉強はして、週末はライブに行って帰ってきて、死にそうな気分で学校に行って。すごくバランスの悪い生活をしていたんですけど、そんななかで自分のプロジェクトはもちろん、関係のないプロジェクトでも諦めずにやるって姿勢を学んだと思っています。
Noemiさんの作られているビジュアルは、一定の法則に従った幾何学模様のようなキネティックビジュアルですよね。じっと見ていると催眠的な感覚になります。もともとグラフィックデザインから始めたのでしょうか。
Noemi Schipfer (以下Noemi):もともとはイラストレーターになるための学校を卒業して、その後は子ども向けの絵本制作に関心が向いたんです。私は線からどうやって姿を表現させるのかとか、とにかく「線」にすごくこだわっていました。初めて書いた絵本は、横線と縦線だけを使って描いた“醜いアヒルの子”のようなストーリーの作品です。その世界では、環境は横線で生き物は縦線なんですけれど、一匹だけ横線のアヒルがいたんです。兄弟とか他のアヒルは縦線なので、すごくいじめられた。でもある日狩人がやってきた時、横線のアヒルの子だけが助かりました。その子は横線で描かれた池の中に隠れることができたんです。他と違うから助かった。
『FILER DROIT』Noémi Schipfer
http://www.editions-memo.fr/livre/filer-droit/
http://www.noemischipfer.com/F-I-L-E-R-D-R-O-I-T
いくつかそうやって、線を使って工夫して作品を作ってみたんですけれど、Takamiと話しているうちに、絵はぺったんこで立体ではないことに気がついたんです。それで、もう少し建築的というか立体的な作品にアプローチしてみたいと思って研究し始めたのが大きかったです。
Takami:紙というキャンバスには立体感はないけど、Noemiの絵は、実際にはカーブがなくてもカーブが出ているように見えるんです。
作品を拝見すると錯視っぽいものが多いですよね。
Takami:それがすごくいいなあと思って。紙に描いただけでも立体感が感じられたから、それを立体に持っていったらすごい作品が作れると思いました。
それぞれ違う分野で活動していたお二人がNONOTAKとしてユニットを結成したのは、どんなきっかけがあったのでしょうか?
Takami:2011年に僕が働いていた建築事務所が、建物の入り口の壁をキャンバスに見立てた作品を作るプロジェクトを受注したんです。僕は前からNoemiとコラボレーションしたかったので誘ってみたら、彼女も乗ってくれて一緒に作品を作ることにしました。
その時、建築をスクリーンという規格から少しはみ出たフォーマットのキャンバスと見立ててプロジェクションを照射するだけでも、普通のビデオアートとは違うコンセプトを表現できると思ったんですね。それでプロジェクターを1台買って、自分たちの作ったビジュアルを色んなところに照射させてみたんです。すると生地に投影した時、何となく浮いている感覚があるなと思ったので、プロジェクションを使って光のように見せたインスタレーションのプロトタイプを考えていいて。かれこれ半年から1年ぐらい色んなことを研究しながら作りました。
初めて大きな場で発表できたのが、ジュネーブで開催されている「Mapping Festival」。これは国際的なイベントで、僕たちとしてもそこに出すのが夢のひとつというくらいのフェスティバルでした。すごく頑張って作ったのでお客さんの反応もすごくよくて。それから色んなインスタレーションを作ろうと勢いがついたんです。
『ISOTOPES v.01』 同シリーズを2013年のMapping Festivalで披露した
メタル・スピリットの現場。音楽、建築、空間移動の関係
ビジュアルやセットもさることながら、NONOTAKの魅力は何と言っても音像の豊かな音楽とビジュアルの融合だと思います。
Takami:僕は5年間くらいメタル系のハードコアバンドでギターを弾いていて、ライブツアーにも全部で200回くらい行っていたんです。でもNONOTAKで活躍し始めてからはインスタレーションばっかりで、ちょっとパフォーマンスの前のアドレナリンが消えた感じがしていました。なので、インスタレーションと一緒にパフォーマンスとして音楽を弾くっていうのはどうかなって思ったんですね。
大抵のデジタルアート・フェスティバルだと、音楽というよりもエクスペリメンタル系がほとんどで、リズムもそんなにないサウンドのパフォーマンスが多いんですけれど、そんな環境の中ですごくビートを効かせた音楽をやってみたら楽しいかなって思ったんです。
『LATE SPECULATION』NONOTAK
それで2014年に、『LATE SPECULATION』というパフォーマンスを発表したところ、本当に色んなところで注目されて、世界中を飛び回ることになったんです。
これを何度も色んなところでやりながら、もっと新しくてすごいものを作りたいと思いながら何カ月も改良してできたセットアップが、『SHIRO』。
強いプロジェクションを使うには、でっかいプロジェクターが必要なので、結構難しいんですよね。でも照明なら、それほど複雑じゃないセットアップでも強い光を飛ばせるシステムがたくさんあるので、そういうのを使うと影や建築を使ったコンテンツを作れるんです。後はモノ自体が動いたらいいなと思いました。そうしているうちに、ライトが光ってプロジェクションも当てた状態で、それに動きを入れたら、もっと面白いものができるというアイデアにつながったんです。
最近は人の影を使ってコンテンツを作るっていうのも結構楽しい。お客さんの影を使うことで、僕たちのインスタレーションを見に来た彼らがパフォーマーにもなるイメージを持てるインスタレーションがあったんですけど、どういうものを使えばそれが可能になるかなって思っていたら、行き着いたのがVRなんです。
見ている人がパフォーマーになってステージに上がる設定になると、彼ら自身も楽しくなるし、一緒に来ている自分の友達がいろんな影でアートピースに変わるのはすごく興味深い経験だと思います。それでVRもやりはじめました。
音楽は現場で作曲していくことが多いんですか?
Takami:そうですね、やっぱりスピーカーを置く場所も違うし、家でテストして「ああ、これって超うまく聞こえるな」と思っても、実際設置する空間でやったら全然聴こえ方が違うこともあるので、その場で作った方が早い。
メタルバンド時代の経験や他に何かインスピレーション受けているものはありますか?
Takami:僕はピンクフロイドがすごく好きなんです。彼らも、音楽に空間を持っていくということをしてきたんですね。例えば『shine on you crazy diamond』っていうパート1から10まである曲があるんですけど。それを聴いていると、いろんな空間から違う空間に移動しているっていう感じがするんですよ。建築をしていた時代も、例えばコンサートホールでどういう風に音が空間に流れて、コンサートを見ていない人でも音を感じられるようにできるかとか、そういう音と建築の関係にすごく興味を持っていました。
自分では気づいていなくても、音と空間に対する感じ方を、皆それぞれ持っていると思うんですね。例えば、すごくうるさい所からすごく静かな場所に行くと、やっぱり身体はそれを感じる。自分の空間から外の空間に入ることで、自分の壁みたいなものができているから、そこで音と空間と光を使って何かインスタレーションをしたらすごくパーソナルなインスタレーションが作れるかなって。
先ほどお話ししていたVRともつながるお話ですね。
Takami:バーチャルな空間という考え方って、そんなに好きじゃないんですけどね。存在しないのにヘッドセットの中に見えるという短絡的な未来のあり方以上のものと思えなかったので、VRには興味を持っていなかったんだけど、その後ヘッドセットのデータを使って自分の周囲に光を動かしたりできることに気がついた。ヘッドセットの中に入れるコンテンツによって、人の向きが変わるから影の形も変わる。そういうことを考え始めたら、なんとなくバーチャルとリアリティを接続するエコシステムも作れるかなって思ったので、「あ、やってもいいかな」、って。
でも、そんなにVRの中のコンテンツは見せてないんですよね。僕たちのコンセプトやアプローチ自体がちょっと他とは違うっていうところを見せたい。VRのコンテンツが見えなくてもインスタレーションとしては分かるという意味で、違うコミュニケーションの仕方がある。VRをやってもいいかなって思ったのは、その理由だけですね。
作品を作る時、ゴールとして最初にイメージするのは、全体のビジュアルの構造でしょうか? それとも、見ている人が受け取る主観的な雰囲気みたいなものでしょうか?
Takami:空間と光と音を合体させて表現するインスタレーションや、パフォーマンスを作るっていうのが、僕たちのスタジオのゴールとして設定しているので、作品ごとのテーマってそんなにないんですよね。
来る依頼も、「こんな空間があるんですけど、何か面白いことできませんか?」っていうのがよくあるんです。そうすると、この空間で魅力がある部分はどこかなと考えます。その空間や建築はもうすでにあるものだから、それをどう変えて違う空間のように見せられるかなと考えることで、どんどんアイデアが生まれて来ます。アイデアがあったらそれを3Dで作ってどういうものにできるかを考えるのが、最初のステップかもしれません。
妥協も迎合もしない。作り続けるだけ
企業とのコラボレーションをされることも多いですよね。これまでたくさんのブランドや企業との実績があるのを拝見しました。
Takami:ブランドのためにやっても、今までと変わらず表現できるってことを証明するというチャレンジが楽しくてやったっていうところもあります。コラボレーションといいながらも、実はブランドが全部決めたっていうような設定は絶対にしないので。
アーティストと企業のコラボレーションって、ともするとクライアントワークみたいに制約をつけられがちですけれど、そうじゃなかったんですね。
Takami:そういう風にされそうになっても自分達の意見は通しますね。
トヨタと一緒に作った作品は『HOSHI』でしたね。
Takami:あれは最初にVICE企画のアートプロジェクト「The Creators Project」から依頼があって。で、そのスポンサーがトヨタのプリウスだったんです。でも僕たちは、クリエイターズプロジェクトが、でっかいインスタレーションのプロダクションをしてくれたと思っています。本当に僕たちがやりたかった夢のインスタレーションを作りましょうという声がけの元に、作品を作れたので、企業のために作ったという感覚は全然なかった。向こうからもメーカー名を入れてほしいというオーダーもなかったです。
『HOSHI』ティザームービー / NONOTAK x THE CREATORS PROJECT
企業との仕事だと、ステラ・マッカートニーっていうファッションデザイナーと、ロンドンの郊外にある森の中でインスタレーションしようという依頼がありました。森のど真ん中で家を燃やしたりして楽しかったです(笑)。
Black Park | Stella McCartney Menswear AW17 Film Featuring Cillian Murphy
これは『ダークナイト ライジング』とかに出ているイギリスの俳優キリアン・マーフィーが出演しているコレクションのプロモーションビデオですね。エクスペリメンタルビデオとして自由にセットアップできそうだなって思ったので、話が来た1週間後にはもう撮影場所の森の中にいました。寒かったけど。
世界中そうかもしれませんが、メディアアーティストとして生計を立てるのはそう簡単ではありません。特にメディアアートはダイレクトに制作物を売れるものではない上に、実験の時間やスタジオも必要になります。日本では、企業との仕事をうまく並行していく方法をとるメディアアーティストも多くいます。お二人は、これまで制作コストなどをどうクリアしたのでしょうか?
Takami:クリア、そんなにしなかったよね(笑)。作品を発表するまでスタジオにこもっていた時は、飯も2日に1回くらいしか食ってなかったし、家だって玄関から風呂場まで資材で散らかりまくってたって感じだから。撮っていたビデオとか写真を後から見ると、すごかったねってことに気がつくけど。その時は外国でインスタレーションを公開するっていう夢が本当にあったから、全然そんなの気にしていなかった。本当に人生でそれ以外考えていなかったから、ほとんど友達にも会わずにいました。夢があったとは言っても、それを別に信じてもいなかったしね。ただその夢があったから、どこまでやれば諦められるかなって限界には向かっていましたね。
Noemi:大切なのは、そうやってアートを始めた時に、企業やブランドのためにちょっと工夫するんじゃなくて、お金がなくても、とりあえず好きなことを最初にやって、どんどん他の人たちにそれを見てもらうことだと思う。少なくとも私たちは、そうしているうちに、「NONOTAKだから呼ぶ」って言われるようになったんです。
Takami:やっぱり自分たちのスタイルを活かして、「僕たちは何を言われても変わらねーぞ」っていうところを皆に見せることかなって。それには時間がかかるし、作品も作んなきゃいけない。まずは、作品としてまとめてから「俺たちのスタイルはこれだ」って言えるようにしたい。僕はメタル系バンド出身だし、何かとネットワーキングとか言っているメディアアートの学校から出ているような奴らの世界とは相容れないしね。
あと建築家は建築家で「なんでお前、建築の勉強をしたのにアートやるんだ?」って言うんですね。彼らはどっかで建築家の方がアーティストより偉いって思っているから、それでよくケンカしました。そんな感じで、最初はサポートもゼロだったんですけれど、それしか考えられないっていう夢があったから、やっていけたと思うんですよね。
デジタルアートという括りは、すでに時代遅れ
最後に、もうひとつ質問があります。この媒体で取材する方全員にお聞きしている質問なんですけど、お二人にとってアートとサイエンスがつながることって、どういうことだと思いますか?
Takami:難しい質問ですね。Noemiわかる?
Noemi:わかんない。
Takami:僕たちはデジタルアート・フェスティバルやメディアアートフェスティバルによく参加するんですけど、何か勘違いされてんのかな?って時々思うんです。僕たちが今、表現しようとしていることって、別にデジタルアートとかメディアアートとは思っていないんで。だって今はみんなのポケットの中にiPhoneがあるわけじゃないですか。そこには加速度センサーやカメラといったテクノロジーが全部入っている。だからデジタルアートっていうのも、何となく古い単語になっちゃったのかなと思う。僕たちは表現したいという強い夢を持っていて、それを必要なソフトを使うことで叶えられる時代にいたということだから、メディアアーティストって呼ばれると、ちょっと違うなって。
それに僕たちはできるだけ使っているテクノロジーを隠しているんです。例えばプロジェクターを使っている作品では、プロジェクターが見えないように隠すんですよね。それから、例えばモーターを125個使っている作品では、「僕たちはモーターを125個使って鏡を動かす作品を作りました」っていう説明は絶対にしない。「反射する鏡をたくさん移動させて楽しめるインスタレーションを作りました」と紹介したいです。それぞれの作品に、どのメディアや技術を使っているかということ自体は、そんなにかっこいいとは思わないから見せたくもない。だから僕たちはメディアアーティストではないのかなと思っています。どちらかというとバンドですね、僕たちは。