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2018.10.12

生命・技術・倫理の怪物──「フランケンシュタインの問い」をバイオアートで考える

TEXT BY YUTO MIYAMOTO

不思議なタイトルの展覧会が表参道GYLEにて10月14日まで開催されている。「2018年のフランケンシュタインーバイオアートに見る芸術と科学と社会のいま」と題されたそれは、バイオテクノロジーが急速に発展する社会に潜む、新たな“怪物”の存在を問いかけてくる。キュレーターの高橋洋介氏に話を聞いた。

1818年に英国のSF作家メアリー・シェリーが「フランケンシュタイン」を発表してから、今年で200年になる。

 

生命の謎を解き明かそうとした科学者フランケンシュタインが、死体をつなぎ合わせることで醜い怪物を創造してしまう──。人間が自らの手で生命を創造すること、そして、その創造物が創造主に対して反乱すること。本作で描かれたこれらのモチーフは、人工知能やバイオテクノロジーといった技術が進化するなか、我々にとってますます身近なものになっているといえる(『トランセンデンス』や『エクス・マキナ』、「ウエストワールド」など、ここ数年に制作された同様のテーマを描いた映画・ドラマ作品は枚挙にいとまがない)。

そうしたテーマをバイオテクノロジーや生命倫理の観点から突きつける展覧会「2018年のフランケンシュタイン - バイオアートにみる芸術と科学と社会のいま」が、原宿「EYE of GYRE」にて開催されている。「フランケンシュタイン」で提起された問題を現代のものとして再考するための、9作家によるバイオアート作品を見ることができる。

 

「無生物から生物が生まれる原理を解き明かした科学者の悲劇を扱う小説『フランケンシュタイン』は、生命創造の謎の一部が解明されつつある現代において、さまざまな予言に満ちています」と本展示の企画背景を語るのは、金沢21世紀美術館の学芸員であるキュレーターの高橋洋介だ。

 

「人間がつくり出したものが管理を超えて暴走していく様は、遺伝子組換え技術や原子力発電や人工知能、仮想通貨といった現代の身の回りにある技術の利便性とリスクに挟まれた我々のリアリティを捉えています。産業革命とフランス革命の余波から生まれたこの小説は、現代社会の鏡として優れているというだけでなく、人工と自然が曖昧になっていくことで生まれる美や、人為を超えるものに対して感じる『崇高』といったロマン主義の問題群を、現代アートの問題として更新するためのさまざまな示唆に富んでいるのです」

蘇生・人新世・生政治

展覧会は3つのテーマに分かれて構成されている。簡単に紹介しよう。

ひとつめは「蘇生」。このパートで展示されるのは、ゴッホの親族のDNAをもとにゴッホが切り落とした左耳を蘇生する「Sugababe」(ディムット・ストレーブ)、アレキサンダー・マックイーンのDNAから皮膚を再生することでレザージャケットをつくる「Pure Human」(ティナ・ゴヤンク)。フランケンシュタインの怪物は死者をつなぎ合わせることで生み出されたが、遺伝子工学によって死者を断片的に蘇生することはもはや実現可能になっている。果たして現代技術が可能にする「死者の蘇生」は、どこまでが許され、どこからが禁止されるべきなのか。ファッションや医療の観点から問う。

ゴッホの親族のDNAから、彼の”耳”を蘇生する《Sugababe》ディムット・ストレーブ

そして、神話上の生物であるユニコーンをリアルに再現する「蘇生するユニコーン」(平野真美)はまた、複層的な意味で「蘇生」とは何かを痛切に訴えかける。本作は、病気になった自身の愛犬を看取った平野本人の経験から、なんとかその生きた姿をこの世に残そうと愛犬の姿を骨格・毛並みから制作したことが起点となっている。ゴッホの耳は生物の内側に潜む原理を使って生命の一部を再構成しようとする試みだが、平野は表面を徹底してつくり込むことで無機物に生命らしさを与えようとする。

作者・平野真美が血管や骨格からすべて手作りで手がけた《蘇生するユニコーン》。いまも制作途中であるという平野は「つくり終わることはないのかも」と言う。つくり続ける行為そのものが、平野にとっての「蘇生」なのかもしれない。

ふたつめは「人新世」。オゾンホールの研究でノーベル賞を受賞した化学者パウル・クルッツェンが提唱した、人為が自然を覆い尽くし始めた18世紀後半以降の地質年代のことである。小説フランケンシュタインの副題は「現代のプロメテウス」であり、科学が行う知識の追求が破滅をもたらしうることを、人類のために太陽から火を盗んだことでゼウスに懲らしめられたプロメテウスになぞらえて示唆したものだ。産業革命の時代以降、科学技術を発展させると同時に自然を汚染し続けてきた人間は、いかなる破滅へと向かっているのだろうか。

《タール漬けの鳥》マーク・ダイオン
《Why Not Hand Over a "Shelter" to Hermit Crabs?》AKI INOMATA

このパートでは、タール漬けになった鳥の彫刻(マーク・ダイオン)やプラスチックでつくられた人工石(本多沙映)、3Dプリントされた透明な都市の模型に、”ひっこし”をするやどかりを水槽ごと生体展示するAKI INOMATAの《Why Not Hand Over a "Shelter" to Hermit Crabs?》などの作品を通して、現代における人間・人工と自然とが混じり合い、曖昧になっていく境界線について問いかける。

そして三つめが「生政治」。ミシェル・フーコーが名付けた、国家の維持と安定のために身体にまつわる個人情報(出産と死亡、健康と病、正常と異常など)が管理される政治形態のことである。200年前にはおとぎ話だった「究極の個人情報であるDNAから身体(の一部)を生成すること」は、もはや現実のものとなりつつある。安価に個人の遺伝子情報を解析できるようになった現代において、それらの情報は社会や政治にどのような影響を及ぼすことになるのだろうか?

街に落ちている髪の毛やタバコの吸殻からDNAを採取し、落とした本人の顔を復元する《Stranger Visions》(ヘザー・デューイ=ハグボーグ)、パンデミックを起こす危険性をもったウイルスの塩基配列などバイオ企業が合成することを禁止しているDNA配列のみをレシートのように印刷していく《DNA Black List Printer》(BCL)の2作品は、遺伝子情報を簡単に解析・編集できる技術がディストピアをもたらしうることを提示している。

《Stranger Visions》ヘザー・デューイ=ハグボーグ
近代批評としてのバイオアート

キュレーターとして現在のバイオアートに注目する理由は何か。キュレーターの高橋は以下のように語る。「(現代の社会には)古典絵画で描かれてきた死者の蘇生、合成生物(キメラ)、ジェンダーにまつわる表象の意味や機能の転換、人新世の芸術や人工的な崇高といった、美術史における新たな問題群が生まれている」。

では、そこからどんな展覧会を目指したのか。「この展覧会に集めた作品は、私たちが見逃している社会制度の不全や歴史の亀裂、未来の可能性を提示し、私たちにどのようにいまと向き合うべきか再考を迫ってきます。そして生きた素材(バイオメディア)は、近代の美術館の制度から完全に取りこぼされてきた表現媒体でもあるという意味で、優れた近代批判として機能する可能性を有しています」

とはいえ、バイオアートだからといってすべてがアートとして評価できるわけではなく、問われるべきは常に個別の作品の質であるべきだと彼は付け加える。

すべてのバイオアートが現代アートになるわけではないという意味で、両者は厳然と分かれるものです。合成生物学の技法や理論を用いた芸術という狭義の意味では、その現代性において重なる部分はありますが、だからといって現代アートとバイオアートが等価になるわけではありません。そもそも『現代アート』や『バイオアート』という言葉はどちらも単なるジャンルの総称にすぎず、個別具体的な作品が、芸術の歴史の重みや現代アートのクライテリアに耐えられるものかこそが問われるべきです」

ハーバード大学の生物学者が2019年までにマンモスを再生させることが可能だと語り、クウェートはすべての国民からDNAサンプルの提出を義務づける法律をつくり、ポイ捨てされたゴミから落とした人の顔を復元する「Stranger Visions」に似たキャンペーンが香港ではすでに行われている──。バイオテクノロジーがますます社会に実装されていく時代のなかで、本展示の作品がこれからどのような意味をもつことになるのか、またアートの歴史としてどのように評価されていくのかはわからない。

しかし少なくともいま、これらの作品は、フランケンシュタインが提示する問題がもはやSFの話ではなく、人類がいままさに直面しつつある命題であることを見る者に教えてくれている。そして、200年前に描かれた「フランケンシュタインの悲劇」をいまの時代に実現させないための議論を促す存在になることだろう。

INFOMATION

2018年のフランケンシュタイン
- バイオアートにみる芸術と科学と社会のいま

 

会期 : 2018年9月7日(金) - 10月14日(日) / 11:00ー20:00 / 無休
会場 : EYE OF GYRE - GYRE 3F

出品作家 : ロバート・スミッソン、マーク・ダイオン、ディムット・ストレーブ、ティナ・ゴヤンク、ヘザー・デューイ=ハグボーグ、BCL、AKI INOMATA、本多沙映、平野真美

主催 : GYRE / スクールデレック芸術社会学研究所
監修 : 飯田高誉(スクール デレック芸術社会学研究所所長)
キューレション : 髙橋洋介(金沢21 世紀美術館 学芸員)
グラフィックデザイン : 長嶋りかこ(village®)
協力 : HiRAO INC

 

CREDIT

Profilepic hhashimoto
TEXT BY YUTO MIYAMOTO
1990年、神奈川生まれ。フリーランスのストーリーテラー。早稲田大学大学院政治学研究科ジャーナリズムコース修了。ウェブマガジン『greenz.jp』ライター、『WIRED』日本版エディターを経て2017年11月より独立。同12月よりストーリーテリングプロジェクト『Evertale Magazine』をスタート。 https://yutomiyamoto.com/

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