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2018.11.13

ロシアの航空機襲撃事件をネット民たちが追跡。変動するジャーナリズムと共感の時代

TEXT BY AKIHICO MORI

アルスエレクトロニカ2018のテーマは『ERROR — The Art of Imperfection(エラー:不完全性のアート)』だった。その「エラー」とは何を指すのだろうか? アーティストたちが知覚した「エラー」を読み解くべく、インタビューを実施。
ネット上で隠蔽された事件の真実を追うジャーナル・コミュニティや、分断の時代を生きる人々の「共感」をテーマとした作品を紹介する。

「エラー」はAI社会へのアンチテーゼ?

エラーというものはいかにして失敗やミステイクになるのか。また、エラーが前代未聞のアイデアやイノベーションの源泉となるのはどんな時か。

エラーはいつ“見落とし”になり、あるいは意図的な欺瞞やフェイクとなるのか? エラーとは私たちの予測からの相違であり、平均からの逸脱だ。しかし、平均とはそもそも何か? 誰が定義したのか?(こうして問い直してみれば)エラーがミステイクでなければならない理由などなく、時に絶好の機会にすらなり得る。…エラーを巧みに利用すること、リスクを許容すること、そして創造性を発揮することが私たちの未来にとって重要な“知”となるだろう」―ERROR - The Art of Imperfection ゲルフリート・ストッカー

これはアルスエレクトロニカの芸術監督ゲルフリート・ストッカーによるフェスティバルのイントロダクションだ。「エラー」は現代における社会、テクノロジー、そして人間を見つめ、批判する上でも非常に秀逸で狡猾なテーマ設定だといえるだろう。

 

昨年のアルスエレクトロニカのテーマが『Artificial Intelligence — The Other I(もうひとつの”I”)』であったことを振り返れば、このテーマは、社会に最適化という秩序をもたらそうとするテクノロジー、AIの完全性へのアンチテーゼともとれる。

その一方で、エラーとは人間性を象徴するキーワードでもある。エラーは人間だけが生み出し得るものであり、カルチャーやサイエンス、さらには生命体としての私たち自身にも膨大なエラーの集積を見出すことができる。

ネットの“特殊操作民”は、隠蔽情報を捜査できるか?

数々の受賞者を世に送り出したアルスエレクトロニカPrixだが、1987年の最初の受賞者はピクサー・アニメーション・スタジオの創始者であるジョン・ラセターだった。1995年には今や「ウェブの父」として知られる、ハイパーテキストシステムの開発者、ティム・バーナーズ=リーが受賞している。

そんな歴史を引き継いで、今年のDigital Communitiesカテゴリにおける大賞(Golden Nica)はエリオット・ヒギンスによるオンライン上の“市民ジャーナリズム”のプラットフォーム「Bellingcat(べリングキャット)」に贈られた。ネット上の市民ジャーナリストが、戦争や地下組織における情報をパブリッシュするニュース・ウェブサイトだ。それら情報の多くは、オープンソースとSNSを用いた調査から生み出されている。

たとえば、2014年7月にウクライナ東部で起きた「マレーシア航空17便(MH17)撃墜事件」は日本でも広く報じられた。オランダのアムステルダムを出発した同便が、マレーシアのクアラルンプールに向かって飛行中にミサイルによって撃墜され、乗客の298名全員が死亡。ウクライナ政府軍と親ロシア派分離主義勢力の衝突の最中に起きた事件だった。

この事件の究明に向けて、オランダ、オーストラリア、ベルギー、マレーシア、ウクライナの複数国の担当者で構成されたJIT(共同調査班)は、2016年9月に発表された中間報告書でこのミサイルがロシア所有のものである証拠を得たとBBCは報じている

マレーシア航空17便撃墜事件の数日前、エリオットはBellingcatをオープンした。Bellingcatが展開するジャーナリズムは、いわば特定の事件の発生時にインターネット上で構成される“特殊捜査班”のようなものだ。

「僕たちは4年間にわたるMH17の調査で、インターネット上の情報から、事件への関与が疑われる特定の兵士が何月何日の何時にどこにいたかすらも追跡するような特殊な調査方法を研究した」

彼らはオープンソースとソーシャルメディアの情報によって、真実をひとつずつ確かめていく。たとえばロシアによって「Gun camera video(戦闘機から爆撃などの様子をとらえたビデオ)」の情報がもたらされた時、そのビデオが本当に何を映しているのかを突き止める。Google Mapsのサテライト映像とそのビデオの地理的な情報が一致していれば真実であり、一致しなければそれは恣意的な捏造であることが分かる。

こうしてネット民たちによって徹底的に検証された情報は、ロシア政府による不適切な主張を的確に批判し、事件の真相を明らかにするものだった。事件の発生後約4年間にわたり、市民ジャーナリストとともに作成、パブリッシュされてきた情報は、重要な目撃証言としてJITの調査に貢献することになる。

Bellingcatはまったく新しいジャーナリズムの可能性を示唆すると同時に、現在世界中にあふれているオープンソースとソーシャルメディアの情報が持つ、潜在的な危険性をも示唆する。エリオットに、今のエスタブリッシュなジャーナリズムに潜む「エラー」とは何かを聞いてみた。

Eliot Higgins / Photo: vog.photo

「僕たちが行うような調査が将来自動化されるようになったら、倫理的な問題がいくつも呼び起こされるだろう。たとえば僕たちは、インターネット上の動画に登場する兵士が誰かを、ソーシャルメディアなどの情報から特定する調査を行っている。もしこれをAIを用いて自動化することが可能になれば(さらにもし悪意を持った者がその技術を用いれば)、非常に狡猾に暗殺を行ったり、社会的な重要人物を追跡することもできるだろう」

ソーシャルメディアの情報は、使い方によってはユーザーの非常にプライベートな情報を読み取ることができる。仮にユーザーがパブリックな情報として共有していても、その情報を顔認識システムなどを組み合わせて分析すれば、たとえば今、特定の人物がどこで誰と会って何をしているかといったプライベートな情報が自動的に抽出し得るということだ。Bellingcatのジャーナリズムは、こうした、ある意味では非常に先鋭的で、倫理的な示唆に満ちた領域で生まれている。 

Eliot Higgins(右)/ Photo: Akihico Mori

「僕たちはいわゆる真のジャーナリズムに、きわめてアドホック(ad hoc : 暫定的な)な方法で近付いたと思っている。そしてそれは、昨今の商業的な目的によって消費されるようになったジャーナリズムには成し遂げられないことだとも感じている。現在のジャーナリズムは商業的な圧力から逃れることは難しい。クリックされればお金が儲かるのであれば、大手メディアでもデマ情報を掲流すことだって珍しくないからね」

顔というユニバーサルな共感の“言語”

インターネット時代のジャーナリズムに迫る作品の一方で、画面に映し出された「顔」をコミュニケーション言語として用いる作家もいる。《Echo》は一見、街角にある証明写真用フォトブースような佇まいをしている。中に入るとAIのガイダンスに沿って、自分の好きなストーリーを選ぶと、様々な人物がこちらに語りかけてくる映像を視聴できる。
興味深い点は、最初は見知らぬ人物の顔が、徐々に自分の顔になっていくということだ。

アルスエレクトロニカPrixのInteractive Art +で「Honorary Mentions(栄誉賞)」を受賞した《Echo》は、共感をテーマとしたインタラクティブアート作品。他人の顔に自分が溶け込むことで、その人の持つパーソナルなストーリーに深く関与することができる。

《Echo》Georgie Pinn / Photo: Akihico Mori

「私はこの作品に4年間取り組んできた。人々は表情を使ってコミュニケーションする。そのとき、非常にパーソナルで感情的なリアクションが想起されることに気づいた。そこでストーリーテリングという古い手法に最先端のフェイシャル・トラッキング・テクノロジーを組み合わせることで、まっく新しい共感をつくりだせないかと始めたのがこの作品よ」

《ECHO》 Georgie Pinn

Echoを生み出したアーティスト、ジョージー(Georgie Pinn)は、最初に子ども向けワークショップから検証をスタートした。子どもたちに顔のイラストを(デジタルのキャンパス上に)描かせ、それを操るインタラクティブアートだ。子どもたちが眉毛を動かすと、イラストの眉毛も同時に動く。すると、子どもたちはすぐさま反応し、すぐにキャラクターに共感を覚えるようになったという。

 

Echoのブースは、いわばキリスト教の協会における「懺悔室」なのだという。その文脈が通じる文化圏では、もっと自然に他者への共感を感じられるのかもしれない。ジョージーに作品制作のモチベーションについて尋ねた。

Georgie Pinn / Photo: Akihico Mori

「この作品は私の生い立ちと深く関係しています。私はこれまで様々な国に住み、多様な言語でコミュニケーションする人生を歩んできました。そして多くの人々が孤独を感じていることも目の当たりにしたんです。今の国家やソーシャルメディアを見ても、人々は分断され、孤独を感じていますよね。そこで、どうすれば人は先入観を捨てて他者に寄り添えるのか、その手助けをする道具を作ってみたかったんです。

たとえばほら、街にいる誰かをあなたが『汚い』と思うとするわね。でももし、彼らの経験やストーリーを知ることができれば、あなたが見ている汚らしさがどこから生まれているかに気付くでしょう。その時、さっきまでの先入観は別のものになるの」

先入観とは、コミュニケーションにおけるエラーとも言えるだろう。《Echo》では最後に、体験者自身のストーリーを録画することもできる。今後ジョージーはこのプロジェクトともに世界を巡るという。分断された世界を超える共感という、いまや人類がそこかしこで抱えるテーマに挑んでいく。

 

私たち個人の持つ「顔」は、他人から個人を特定するアイコンであると同時に、私たち自身の内なる感情と同調する、ある種の表現装置のようなものかもしれない。《Echo》は私たちの顔が持つ、共感のための言語の新たな可能性を見せてくれる作品だった。

 

CREDIT

Profile mori
TEXT BY AKIHICO MORI
京都生まれ。2009年よりフリーランスのライターとして活動。 主にサイエンス、アート、ビジネスに関連したもの、その交差点にある世界を捉え表現することに興味があり、インタビュー、ライティングを通して書籍、Web等で創作に携わる。 幼い頃からサイエンスに親しみ、SFはもちろん、サイエンスノンフィクションの読み物に親しんできた。自らの文系のバックグラウンドを生かし、感性にうったえるサイエンスの表現を得意とする。 WIRED、ForbesJAPANなどで定期的に記事を執筆している。 
 http://www.morry.mobi

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