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2018.11.10

アーティスト市原えつこが出展者目線から見た、アルスエレクトロニカ2018(前編)

TEXT BY ETSUKO ICHIHARA

世界最大のメディアアートの祭典、アルスエレクトロニカが今年も9月に開催された。今年のテーマは「ERROR - The Art of Imperfection(エラー - アートの不完全性)」。アルスエレクトロニカPrix2018で賞を受け、初参加となったアーティストの市原えつこが出展者の目線からレポートする。

Ars Electronica Center/ Photo: Robert Bauernhansl

今回、死者と49日共生することを目的としたロボット「デジタルシャーマン・プロジェクト」が2018年アルスエレクトロニカ賞のInteractive Art+部門でHonorary Mentionsを受賞、同時にSTARTS PRIZE部門にもノミネートされるという奇跡が起こり、無謀にも初めての海外展示としてリンツに渡航・出展する機会を得た。

これまで私のアルスの印象といえば、「デジタルアートの世界的な権威であり、アカデミックな特殊機関」。初参加に際して実のところ非常に緊張し胃を痛めていたのだが、実際に現地に足を運んでみるとその印象が盛大に覆された。

 

現場で目の当たりにしたのは権威的どころか、むしろ非常にオープンで、インクルーシブで、新しいアイデアや作品を貪欲に求める風通しの良い組織体。地方都市リンツ特有の穏やかな空気感も相まって、街全体がメディアアートを歓迎してくれるような寛容さがあり、メディアアーティストにとって最高に幸せなユートピアのような時空間だった。フェスティバル期間中は街全体がアルス一色で、市民に対して開かれ住民の誇りとなり、土地にしっかりと根付いたクリエイティブ機関であることが伺えた。

またフェスティバルとしての熱量や盛り上がりのダイナミズムがあり、危ういものや両義性のあるもの、私たちの倫理観をゆるがすものでも新しい可能性として柔軟に受け入れる度量がある。なにかと自粛ムードの日本の言論環境とかけ離れた自由度を感じた。

あまりの天国ぶりに、帰国してからしばらくはひたすら「アルス超楽しかった……」と延々と呟き続ける始末であった。

Ars Electronica Opening 2018  / credit: vog.photo

基本的に受賞作品展であるCyberArts Exhibitionの会場を中心に滞在していたため、総論的というよりはやや偏ったレポートとなってしまうが、初めて出展した作家の等身大の目線の記録を本稿では書き記していきたい。

オープンな対話を促すプラットフォーム

恐ろしい量の荷物と格闘し、手持ちで空輸したロボットの破損に怯え、税関でのカルネ申告の手続きにキリキリし、独特の鉄道の乗り方に戸惑い、リンツ駅のドイツ語標識で迷い……渡航の時点で満身創痍ながらもどうにか無事に展示先の美術館に到着した。

(なお現地までの交通については、グラインダーマン・タグチヒトシ氏のブログが非常に参考になるので来年来る方はぜひ参照してほしい)

伝統的に受賞作品展の会場となっているOK Center for Comtemporary Art(OOE Kulturquartier)はアーティストへのテクニカルサポートが手厚い。私は少し早めに現地入りしたこともあり、まさかの10人体制で施工が進行し、戦々恐々としていた展示設営はあっという間に完了。とにかく仕事が早い。逆にこちらの意思決定が作業スピードに追いつかなくて焦るぐらいで、即断即決、検討時間のロスが少なく、迅速に全ての配置や配線がFIXされていく。

しかし淡々と設営して終わり……ではなく、設営期間中も多くのイベントが企画されていた。まず設営期間は毎朝「Breakfast Meeting」として、受賞作品展の設営に関わる全てのスタッフとアーティストが美術館併設レストラン「SOLARIS」で朝食をとることに。正直英語が堪能ではないこともあり最初は怯んだが、関係者とその日の作業の打ち合わせがサクッと行えたり、設営中は忙しい他のアーティストたちとも気軽にコミュニケーションが取れたりと、とても良いシステムだった。

 

展覧会オープンの前々日には美術館の屋上でウェルカムパーティーが開催された。受賞作品展の運営コアメンバーから歓迎を受け、アーティスト同士で互いのプロジェクトを紹介しあった(リンツはご飯もビールも美味い。つい連日深酒をしてしまった)。

このように、対話と交流、アイデアの交換を促進するようなプログラムがフェスティバルの期間中は非常に多く開催された。

様々な国からやってきた受賞作家たちはオープンでそれぞれに魅力的なパーソナリティを持っており、世代が近い受賞者も多かったこともありすぐに打ち解けた。アルスエレクトロニカは和やかなムードづくりが卓越しており、殺伐としたライバルではなく、世界中から集まった同志といった雰囲気が自然と生まれた。

Mother of Machine / Sarah Petkus (US)  / Photo: Tom Mesic

海外の作家はインタラクティブアート部門の受賞作家であってもエンジニアリング・プログラミング以外にも複数のスキル、表現手法を持っているケースが非常に多かった。「Mother of Machine」を開発したロボットアーティストSalah Petkusはハードウェア開発に従事しつつもかわいい漫画やイラストレーションを描き、その一方で活発なYouTuberでもある。

Georgie Pinn (GB) / Photo: Georgie Pinn
Monitor Man / Yassine Khaled (MA/FI)  /  Photo: Tom Mesic

インタラクティブ装置「ECHO」の作者であるGeorgie Pinnはコマーシャルの映像作家としてもバリバリ活躍。デバイスを用いたパフォーマンス作品「Monitor Man」のYassine Khaledに至っては絵画・ドローイングに彫刻にインスタレーションにパフォーマンスに、と不定形に活動を広げている(その分、様々な表現の中に通底する活動理念は明確だった)。

日本国内で活動していると、漠然とメディアアーティストはハードウェアやデバイスアートに専念するものだという暗黙の空気を感じていたのだが、柔軟にそれ以外の表現手法に手を出しても良いのかと目からウロコが落ちた。また業界の傾向として偏りがちな受賞作家のジェンダーバランスも均衡が取れており、女性アーティストたちの個性とパワフルさにも大いに刺激を受けた。

Cyber Arts Exhibition- 社会に深くコミットする作品群

フェスティバルの開幕と共に、プレス陣が展示をめぐる記者会見が始まった。私の作品は東洋の死生観、49日の考え方をベースにした作品のため、語学力の拙さもあり作品解説になかなか苦戦した(現場ではまったく手応えがなかったが、しかし後に現地の新聞社がデジタルシャーマンを盛大に掲載して下さっていたことを知り安堵した……詳しくは後編にて)。

デジタルシャーマンプロジェクト / Etsuko Ichihara (JP) Photo: © Otto Saxinger
CyberArts Opening Credit: tom mesic

「アート、テクノロジー、社会」を分野横断的に捉える作品を表彰するアルスエレクトロニカPrix。改めて全ての受賞作品を俯瞰すると、それぞれの手段で社会に対して疑問を提起する・働きかける・変革を起こす作品が並んでいることが分かった。

Interactive Art+カテゴリのグランプリ、ベルギーのアートデュオ「LarbitsSisters」による作品「BitSoil Popup Tax & Hack Campaign」はその最たるものだ。Google、Facebook、Twitterなどの巨大資本に富が一極集中する現在の社会状況へのカウンターとして、データのトラフィックに対する仮想的な徴税システムを本気で構想し・実装している。

BitSoil Popup Tax & Hack Campaign: LarbitsSisters (BE)

Digital Communities部門の準グランプリを受賞した台湾のアクティビスト集団「g0v.tw」は、急速に普及していくテクノロジーを活かして社会的テーマを議論するシビックテック・コミュニティを実現。「オープンガバメント」を目指して公共政策の討論に一般市民が参加する仕組みを構築している。

g0v.tw / g0v.tw / Photo: Tom Mesic

以前にBoundBawでもレポートを公開した和田永氏の「エレクトロニコス・ファンタスティコス!」も盛大にフェスティバルを湧かせていた。美術館のナイトプログラム「OK NIGHT」でのパフォーマンスには開幕前から多くの観客が押しかけ、巨大な会場がすし詰め状態と化した。

Ei Wada (JP) & Nicos Orchest Lab (JP) at OK Nightline 2018  / Photo: vog.photo

ちなみにこちらのパフォーマンスには、私も電磁盆踊りの「ブラウン管大太鼓奏者」として、コンピューターアニメーション部門Honorary Mention受賞者の後藤映則氏と共に友情出演した。ブラウン管の電磁波と観客の熱気にあてられ異様なテンションになってしまったが、日本人の狂気を世界にアピールする一助になれば幸いである。

Photo: Noriko Omizo

例年アルスエレクトロニカに参加している和田氏だが、今年はこれまでの古家電楽器シリーズの集大成のようなプログラムで、終演後も「ワ・ダ・サン!!ワ・ダ・サン!!」とアンコールが鳴り止まない会場だった。なお和田氏はゴールデンニカ贈賞式にあたる「Gala」でもパフォーマンスを行って喝采を浴び、リンツ市でも「Nicos Orchest Lab」設立を目指して動いていることを発表。純粋な楽器の開発・演奏だけでなく、音楽という非言語媒体を中心とした未来のコミュニティとしての要素も帯び始めている当プロジェクト、今後の展開が期待される。

Photo: Mao Yamamoto

後編につづく

 

CREDIT

Estuko
TEXT BY ETSUKO ICHIHARA
アーティスト、妄想監督。1988年、愛知県生まれ。早稲田大学文化構想学部表象メディア論系卒業。日本的な文化・習慣・信仰を独自の観点で読み解き、テクノロジーを用いて新しい切り口を示す作品を制作する。アートの文脈を知らない人も広く楽しめる作品性から、国内の新聞・テレビ・Web媒体、海外雑誌等、多様なメディアに取り上げられている。主な作品に、大根が艶かしく喘ぐデバイス《セクハラ・インターフェース》、虚構の美女と触れ合えるシステム《妄想と現実を代替するシステムSRxSI》、家庭用ロボットに死者の痕跡を宿らせ49日間共生できる《デジタルシャーマン・プロジェクト》などがある。 http://etsukoichihara.tumblr.com/

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