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2018.12.04

市原えつこ「デジタルシャーマン」から、現代の死生観を世界に問う。アルスエレクトロニカ(後編)

TEXT BY ETSUKO ICHIHARA

アルスエレクトロニカ2018のテーマは「ERROR - The Art of Imperfection(エラー - アートの不完全性)」。今年初参加となったアーティストの市原えつこが出展者の目線からレポートする。前編に続いて、後編では市原の東洋的な死生観に紐づくロボット「デジタルシャーマン・プロジェクト」がどう受け取られたのか、またメディアアートのマーケット構築への挑戦などを考察する。 

49日の概念はどのように受け入れられるか?
異なる文化の摩擦とすり合わせ

アルスエレクトロニカは観客・ゲストも濃い。業界的にかなりの大御所と呼ばれる方々や世界中のキュレーターが展示にふらっと訪れるので、展示現場はチャンスの宝庫、ある意味常に臨戦態勢だった。MITの石井裕教授や、日本のメディア芸術祭でしばしば大賞をかっさらっているデコステール兄弟、ロボットアームに己を固定してロボットと共同で絵画を描くパフォーマンスで2016年のフェスティバルをざわつかせたDragan Ilic氏など、著名な研究者やアーティスト、ないしプレス・メディア関係者も多く訪れ、展示に対してポジティブなコメントを頂くことができた。

Installation shot: CYBERARTS OÖ Kulturquartier, Linz Photo: © Otto Saxinger

記者会見で「文化の翻訳」をせず、のっけから東洋思想について喋り始めてプレスの方々をポカンとさせてしまったことを反省し、観客に対する解説のチューニングも会期中に少しずつ洗練させていった。

どれだけオープンな人であっても、異質な文化・宗教に触れる際には少なくとも最初はストレスや違和感があるのが当然だ。そのためまずは文化を超えて普遍的に面白がってもらいやすいコンセプトを説明し、それから日本の死生観に興味を持ってもらった人に対して詳細を説明する、という説明のストーリーテリングに組み替えてからは明らかに観客の方々の反応が良くなった。

今回の場合だと「死者の人格をロボットに一定期間だけインストールする」「顔とアプリケーションを交換することで、他の人格が現れる」という点は国を問わずユニバーサルに面白がってもらいやすいことが分かった(マルチパーソナリティであることが特殊に感じるのか、ロボットの人格を入れ替えるデモも需要が高かった)。

 

当たり前といえば当たり前な話だが、なにぶん初海外出展のため盲点で、自国の文化に根ざした作品を海外輸出する際には、展示先の文化圏にあわせて作品説明の仕方をマイナーチェンジすることの重要性に気付く良い経験だった。適切なツカミで興味を引けば、背後にある仏教思想の方にも深く理解を示し議論してくれるお客さんが多かった。

 

一度コツを掴めばしめたもの。展示現場では偶然にも西洋で「デジタルシャーマン」として活動している男性に遭遇して意気投合したり、デジタルシャーマンを「未来のストーリーテリング」として解釈した女性に関連するうコミュニティを紹介してもらったり、面白い展覧会を企画をしている欧州のキュレーターと具体的に話をつめられたり、1日も現場にいると求めていた情報がみるみるうちに集まってくる。まさに「濡れ手に粟」という感覚だった。

POSTCITY - メディアアートのマーケットは構築可能か?

リンツ駅からほど近い場所にある、旧郵便局跡地を利用したメイン会場「POSTCITY」は最も作品数が多く、いつも大勢の観客で賑わっていた。展示企画「ERROR in Progress」など多くの企画展が催され、今年度のフェスティバルテーマ「ERROR -  The Art of Imperfection」が最も色濃く反映された会場だったように思う。

今年が初参加だったため例年と比べてどうか、という比較ができないのが歯がゆいが、現地では日本人若手アーティストの活躍が目立った。藤堂高行氏のヒューマノイドロボット「SEER」も盛大に衆目を集め、公式の特集記事(This was the 2018 Ars Electronica Festival!)でも多くの日本人アーティストの作品がフィーチャーされている。

in the rain / Yuki Anai (JP), Hideaki Takahashi (JP) / Photo: vog.photo

POSTCITYの地下深くでは、メディアアートが現代アートの文脈やルールに取り込まれず、独自にマーケットを作っていくことをテーマにした企画ゾーン「Gallery Spaces」があり、非常に興味深かった。メディアアートは利用機材や再生環境に流行り廃りに左右される部分が多く、数百年単位はおろか数十年単位でも長期的な保有には適していない。また、絵画や彫刻と違い、一点ものではなく複製できるという性質からも、プレミア感をいかに醸成するかも頭を捻る部分である。

GIFmeister, Electrical Drawings / RaumZeitPiraten (DE) 
Photo: Magdalena Sick-Leitner

「Gallery Spaces」に展示されていた慶応大学教授・アーティストの脇田玲氏からもいかにメディアアートを「売る」かという戦略を色々伺い、鼻血が出そうになった。

脇田氏は本来シミュレーションやデータビジュアライゼーションの専門家で「ディスプレイやスクリーンなどに投影するビジュアルイメージ」を制作することを基本の創作ツールとしている。しかしモニター機材の価格がどんどん下がり、ビジュアルデータを出力するよりも安価になりつつある昨今、ディスプレイ自体を「使い捨ての素材」として個別に手を加えてしまう表現を模索し始めた。結果として、作品の一点モノとしての価値が高まり、実際にアートピースを販売することにもつながってきたという。

メディアアートの現場で頻繁に使われるものながら存在が透明化している、ディスプレイ・スクリーンといった「脇役」を彫刻のように作品の一部にひっくるめるという逆転の発想に驚いた。 新しい表現手法を探るアーティストの実験が、偶然にもアートを販売するための新しいフォーマットを開拓した事例であった。

アルスが持つアーティストのモチベート機能

フェスティバルの終わりが近付くにつれ「大変だったけどめちゃくちゃ楽しかった」「終わるのが悲しい……ロスになりそう」「早くまた来たい」と参加アーティストたちは口々にぼやいていた。完全に同感だった。

過去にネットアート部門グランプリ受賞経験のあるエキソニモ・千房けん輔氏や、インタラクティブアート部門審査員の畠中実氏曰く「アルスは実はアーティストにとってすごく楽しい場所だから、また良い新作を作って戻って来るために、制作を頑張るモチベーションが強まるんだよね。それが作家にとってアルスの一番いい使い方だと思う」とのこと。

Kiss or Dual Monitors / Exonemo (JP)   Photo: Magdalena Sick-Leitner

非常にフラットで、ヒエラルキーがないのもアルスエレクトロニカの気風だと感じた。ゴールデンニカ贈賞式であるGalaではもちろんグランプリ作品が盛大にフィーチャーされるが、原則として若手含めた全ての作家を大事にするホスピタリティがある。現時点でのキャリアや知名度にとらわれず、純粋に面白い作品はフィーチャーする、アルスエレクトロニカの柔軟さを節々で感じた。

 

作家としての経験値が大幅に上がり、世界中に有力なネットワークと仲間ができ、制作のモチベーションが向上し、今後の作品制作・展開の重要な知見やヒントも得られ、(ややせせこましい話をすると)ブランディングにもなる。アルスはアーティストにとって必要な栄養分が濃縮されたような現場だった。

 

良質な栄養をいっぱいに吸収して精神がテカテカと脂ぎっている感覚をこのレポートを執筆している現在も引きずっており、今後の活動・アウトプットとしてそれを実際に形にしていければ、そしてまた現地で作品を発表する機会があれば幸いだ。

後日談:世界中にばらまかれるアルスの種子

9月に帰国してからしばらくの間アルスロスのような状態が続いていたが、その後10月に東京ミッドタウンで開催されたArs Electronica Tokyo Initiativeによる報告会「Ars Electronica Festival 2018 Report in TOKYO Midtown」に登壇する機会をいただき、現地では必死すぎてあまりよく捕まえることのできなかったアルス・エレクトロニカの全貌を俯瞰的にとらえることができた。

 

アルスエレクトロニカ日本部門ディレクターの小川秀明氏曰く、アルスエレクトロニカはフェスティバルのイメージが強いが、物理的な施設である「アルスエレクトロニカ・センター」を持ち、リンツ市民に対して長期的な教育の場を提供しているのも大きな特徴とのこと。未来を発明するラボ(アルスエレクトロニカFutureLab)としても多くの企業と共同研究を行い、公営の文化事業にもかかわらず、事業収入は運営費の7割を占めるようだ。また近年では「Ars Electronica Solutions」というコンサルティング部門も新設されている。

Digital Shaman Project / Etsuko Ichihara (JP) Photo: Ars Electronica / Vanessa Graf

「Ars Electronica Export」事業として世界中の様々な地域で積極的に巡回展も行われている。私も11月から中国屈指の現代アート街である北京・789芸術区にある「Hyundai Motor Studio Beijing」でスタートした展覧会「"Future Humanity - Our Shared Planet」に出展アーティストとして参加することがきた(日本人が私だけだったため、例のごとくコミュニケーションでは冷や汗をかいた……)。

この展覧会はアルス・エレクトロニカのシニアディレクターMartin Honzik氏、韓国を本社とするメガカンパニーHyundai Motor CompanyのアートディレクターLee Daehyung氏、中国のトップ美大のひとつ中央美術学院教授のQiu Zhijie氏による共同キュレーションで、文化や人種を超えたコラボレーションが実現した展覧会となった。

Photo: Vanessa Graf / Ars Electronica

アルス・エレクトロニカはひとつのオーソライズされた組織体であるが、こういった「触媒としてのメディアアート」を教育に応用したり、様々な企業や組織とのコラボレーションを行って事業収益を得たりするスキームは、ひとりのメディアアーティストが社会にどう関わり、作用していくか?という目線でも大変参考になるものばかりだった。

アーティストは「異分野を繋げる触媒となり、未来の雛形を目に見える&触れる形にプロトタイプしていく」という性質を持っている。これらの性質を、これから来るべき激動の社会にコミットしてより良い未来を構築し、そしてアーティストが健全にサバイブしていくための武器として自分も磨き上げていきたいと感じた。

CREDIT

Estuko
TEXT BY ETSUKO ICHIHARA
アーティスト、妄想監督。1988年、愛知県生まれ。早稲田大学文化構想学部表象メディア論系卒業。日本的な文化・習慣・信仰を独自の観点で読み解き、テクノロジーを用いて新しい切り口を示す作品を制作する。アートの文脈を知らない人も広く楽しめる作品性から、国内の新聞・テレビ・Web媒体、海外雑誌等、多様なメディアに取り上げられている。主な作品に、大根が艶かしく喘ぐデバイス《セクハラ・インターフェース》、虚構の美女と触れ合えるシステム《妄想と現実を代替するシステムSRxSI》、家庭用ロボットに死者の痕跡を宿らせ49日間共生できる《デジタルシャーマン・プロジェクト》などがある。 http://etsukoichihara.tumblr.com/

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