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2019.03.18

音楽は社会プロテストの手段になる。チュニジア人DJ/プロデューサー、ディーナ・アブデルワヘード

TEXT BY SORANE YAMAHIRA

チュニジア人の音楽プロデューサー、Deena Abdelwahed(ディーナ・アブデルワヘード)は、土着的なビートや呪術的な要素、さらにはエキゾティックなメロディーも交えたインダストリアル・テクノを鳴らす気鋭の新人としてデビュー。一方、中東カタールで生まれ、アフリカ・チュニジアで暮らした経験を経て、各地の政治や社会課題に深い洞察をもつ。3月20日、「FRUE -Oracle Night-」出演のため来日する彼女にインタビューを行った。聞き手はアートx社会活動に取り組むワシントンDC在住の活動家、山平宙音。

1989年、カタールで生まれ、チュニジア人の両親を持つプロデューサー / DJ、Deena Abdelwahed。中東の妖しい魔術的な旋律、モダンで不穏なインダストリアル・サウンド、そして強く磨かれたビートと複雑なリズムが絡み合うデビューアルバム『Khonnar』を昨年12月にリリースしたばかり。ライブ・パフォーマンスの評価も高く、「Sónar Barcelona 2017」では、ビョークやアルカと並ぶベスト・パフォーマンスのひとつとして取り上げられ、「Unsound Festival」や「Dekmantel Festival」など欧州の名だたるフェスティバルにも出演している。アルバム『Konnar』には「媚びることも従うことも選ばない、次世代のマニフェスト」という表明があるという。

彼女の音楽の原点はどこにあるのか、また中東や北アフリカなどイスラム国家の政治とカルチャーはいかなる変遷を迎えているのか。彼女のリアルに迫った。

カタールからチュニジア、イスラム文化を経て

カタールで育った後、大学進学でチュニジアの首都チュニスに移り、現在はフランス南部を拠点としていますね。今のホームグラウンドは?

どこにいても、気軽に飲みにいける友達がいればそこがホームかな。 ゆっくり休める環境さえあれば、地理的な場所はどこでも良いと思ってる。

大学在学中に音楽を作り始めたとのことですが、最初はジャズだったんですよね?

(c)Judas Companion

そう。偶然、機会があって。当時たまたま知り合った人が、メタルからジャズに転向中のギタリストで、チュニスでワークショップがあるって誘ってくれたの。そのとき声が気に入られてそのギタリストとバンドを組むことに。ブルーノートのカバー曲なんかを練習して、仕事としてクラブとかで歌ってたわ。それまでもソウルやファンク、いわゆるブラック・ミュージックが好きでカバーの元ネタを探して聞いたりはしていたから、ある程度ジャズに親しみはあったけど、自分でやろうとは思ったことはなかった。

そのあとDJやエレクトロニックに興味を持ったんですよね? 
どんなものが好きだったんでしょう?

まずJukeやChicago Footworkをよく聴くようになって、DJ Rashadと彼のレーベルTeklifeを始めとして世界中にいるFootworkクリエーターの作品を聴いてたかな。それからUKのレーベルPlanet Muを発見して、色々なエレクトロニック・ミュージックを聴くように。

カタールに住んでいた頃はどんな音楽を聞いていましたか?

カタールはアメリカ文化の影響が濃くて、MTVも流れていたから私もアメリカのポップは好きだった。アッシャー、マライヤ、ビヨンセ、デスチャ、それからコモン・センスなどいわゆるコンシャス・ラップはよく聞いてた。それからルーツが大好きだったな。あとエリカ・バドゥ。

ディーナさんの音楽はアフリカのリズムがテーマのひとつにあると思いますが、どこで培われたものなのでしょうか。

大学でチュニスに来てからかな。チュニジアにはパーカッショニストがたくさんいて、タブラ奏者もたくさんいた。あとは夏のビーチパーティなんかでも雰囲気が合うのがテクノよりはアフリカのダンス音楽だったりして、色んなリズムに触れる機会があった。それからチュニジアは文化的にフランス寄りでもあるので、引っ越してからフランスのHIP-HOPやラップも聴くようになってさらに幅が広がった感じかな。

チュニジアにはストリート・ミュージシャンもいますか?

警察が厳しいから、いわゆるストリート・ミュージシャンはいないけど、プロテストの手段として音楽を使うことはある。文化的なアクティビズムへの認識が広まってきていて、ストリートは自分たちのもの、と主張するため、抑圧的な政府に向かう手段として音楽を使う。最近では、ギターとパーカッションを持って首都劇場とか、街の中心地でいつも音を出して抗議活動をしている人たちもいる。

社会に隠れた秘密とスキャンダル

デビューアルバム『Khonnar』についてお聞きします。タイトルにはどんな意味が?

アラビア語の方言であるチュニジア語(Derja)で、「秘密とスキャンダルの間」という意味。社会的にタブーなトピック、例えば移民問題やLGBTQの人々の権利。ひそひそとしか話せない、社会の暗い面。アルバムではチュニジア語、アラビア語、エジプト語で歌ってるわ。歌詞はいま翻訳中で、ウェブサイトに公開する予定。

チュニジアにおけるLGBTQコミュニティの扱いについては、2007年発表曲「Ena Essbab」(EP「Klabb」収録)でも取り上げていますね。このタイトルにはどんな意味があるのでしょう?

「私のせいで」という意味。チュニジアには信心深い人が多くて、「同性愛者は神によって罰せられる」と頑なに信じている。例えばどこかの家庭に何か悪いことが起こって、もしその一員に同性愛者がいたとしたら、その人が「悪い運」を引き寄せたに違いない、って本当に思う人がたくさんいるの。この曲ではその状況について歌っている。

同性愛は宗教的な理由があるかと想像しますが、移民の問題は近年よくニュースになっている気がしますが。

チュニジアでは事情が違うの。チュニジアのメディアはいつも「問題ない、大丈夫。」とばかり伝えて、本質は伝えない。チュニジアの社会が嫌いなら出ていけばいい、というのが一般世間の風潮。実際に国を出たら裏切り者扱いされるけどね。メインストリームのメディアはいつも、チュニジアのイメージを取り繕おうとしてばかりで骨抜きになってる。

日本でも貧困の問題や原発処理問題などは、体裁を気にして報道されないといった自己検閲が発生しています。このアルバムで歌われているのは、チュニジアをはじめとしたアラブ諸国のことですか?

まず念頭においているのはアラブ人。言葉と文化も共有しているから、お互い理解できるしね。ヨーロッパに移住して苦労しているアラブ人に向けたメッセージでもある。でも言語はアラブだけど、どんな社会でもこの問題はある。どんな人が抑圧されて、存在しないことにされるのか。歌詞にするには複雑な話だけどね。だからイスラム文化特有の問題じゃないと思う。例えばアメリカだってカトリックの多い地域では同性愛はタブーだし、どんな社会、どんな共同体にもある問題だと思う。

確かにアメリカでも地域によっては同性愛を病気とみなし、未成年に対しても転向療法が施されることがあり、是非を巡り議論になっています。

チュニジアでは私みたいに、女なのに音楽を作ってたり意見をはっきり言ったり、踊りに行ったりしてると、みんなから親がフランス人なんでしょ、と言われるの。でも両親とも南チュニジア出身のチュニジア人。しかも私が生まれ育ったカタールはもっと厳格なイスラム文化で、両親も厳しかったからほとんど遊びに行けなかった。娯楽もないからとにかく暇で、コーランを読み込んでいたくらい。インターネットもその頃は使えなかったし。だから「一体何に影響を受けた?」とみんな思うみたいなんだけど、私からすれば、これは私の自然な性格。人間らしくありたい。それは本能だと思う。

若い人たちは今ではもっとオープンなのでは?

私の友達はオープンだね。でもそれは限られた環境。ほとんどは、自分たちがアートを作ったりクールになれるとも思っていないし、少しでも抜き出るとヨーロッパかぶれだとお互い叩き合っていると思う。でも、これってイスラムに限った話ではなくて、アメリカだってカトリックも多いし、似たような問題を抱えているんじゃないかな。

日本では「出る杭は打たれる」ということわざがありますが、それに近いのかもしれません。

その背景をしっかり説明しようとしたら、植民地問題、脱植民地化、文化統制、遺産の破壊、そういう歴史の側面に触れる必要がある。西洋の方がテクノロジーも社会秩序も優れている、という刷り込みもあって、支配される側は自文化に対して自信を失っていくという構図がある。かなり複雑な話になっちゃうけど。

インターネットの影響は? 外の文化を取り入れたり、個人同士がつながることで、文化が外向きに開くきっかけになったりは?

ない。むしろ悪くなってると思う。高速インターネットは普及していて、みんなの娯楽の手段になっている。結果として欧米のエンターテイメントがどっと入ってきてて、たとえばビヨンセ、マドンナ、マッシブ・アタックなんかは大人気。でも、彼らは欧米のスターだからチュニジア人にとって身近な存在ではないわけ。一方で地元で面白いことをやってるアーティストを受け入れるプラットフォームがなかなか発展しなくて、むしろ仲間のはずのチュニジア人から叩かれる。それもあって、若い人はどんどん海外に出て行ってしまう。

インターネットが独自の文化の発展にはつながらず、むしろ欧米への憧れを増長させ、祖国を去ってしまう人が多いわけですね。

そう。それにヨーロッパの方がインフラが整っていて暮らしやすいし、経済的に豊かだしね。私は努力家だってのもあるけど、生まれつきハイパーアクティブなタイプで、やりたいことをやって、言いたいことを言う。でもそういうタイプはチュニジアではクレイジーって言われる。特に女性だとね。ここ4年はフランスに住んでいるけど、ここでは私も変わり者扱いされないし、敬意を持って認めてくれる。

社会を変えていくダンスフロア

どんな時代も、LGBTQ文化とダンスフロアは切り離せない関係があったけれど、チュニジアでは? 特にジャスミン革命以後、変化はありましたか?

革命のすぐあとに、すごくオリジナルで、良いクラブができて。新しい考え方に貪欲な人が集まるという意味で、LGBTQコミュニティの人たちでも自分らしくいられる居心地の良い場所になった。そのお店に影響を受けて開放的で寛大なバーやクラブが増えていて、とても良いことだと思う。

そういうセーフ・スペースが存在する一方で、社会全体的に同性愛は法律違反という現状がある。有罪確定すれば懲役3年。でも革命後、人権問題としていくつか法律廃止・改正の動きがあって、その法律の廃止も呼びかけられていている。私の友達でそうした活動に従事する人もいて、4月に国会でその問題が審議されるから注目しておくように、って言われてる。

ジャスミン革命(2010-2011)

一青年の焼身自殺事件に端を発する反政府デモが国内全土に拡大し、軍部の離反により 当時の大統領がサウジアラビアに亡命、23年間続いた政権が崩壊した事件。ジャスミンがチュニジアを代表する花であることから、このような名前がネットを中心に命名された。この民主化運動はチュニジアにとどまらず、エジプトなど他のアラブ諸国へも広がり、こうした一連の動きはアラブの春と呼ばれた。

日本では、風営法の中にバーなどの店では夜12時以降に客がダンスしてはいけないという項目があり、ここ数年で取り締まりが強化されて老舗クラブが営業困難になるといった動きがあります。その一方でいわゆる小箱と呼ばれる小規模な店が増えている向きもあるけれど、チュニジアのクラブシーンはどんな感じですか?

チュニジアではアフリカ文化の特色も強いので、踊るのは自然なことだし、それ自体に抑圧はない。でも問題は汚職、不正の方。長くフランスの占領下にあった国だけど、今のチュニジアは警察国家でマフィアも存在感が強い。そうなると、例えば酒を売る免許やバーを開く許可も、限られた人たちしか得られない。もし私がお金をたくさん持っていても、親がナントカ省で働いているとかそういうコネがないから、バーを開くとかは絶対無理。これはアラブ世界全体に共通する問題だけど。

革命後、民主化を進める市民活動が続くチュニジアで、オープンマインドな人々が集う場所としてのダンスフロアは社会にとってどんな価値があると思いますか?

ダンスフロアやクラブというは、いろんな人が集まって、楽しんで、小難しくならずに交流できる場所。そういうところから、問題解決のアイデアが生まれて、行動につながると思う。ちょっと飲んだ後の方が、社会はどうあるべきかとか、どう生きるべきかとか哲学的な話になりやすいでしょう。気軽な会話が、法律改正に繋がったりもする。古代ギリシャ人が社会について討論したみたいにね。クラブに行って、踊って、喋って、翌日は二日酔いとグッドアイデアが残る。そこから、プロテストしたり、新しいプロジェクトを始めたりする。

そもそも踊ること、心を開いて音楽を聴くことは、フリー・マインドの体現でしょう。少数者の意見に耳を傾けようという姿勢のある人が集まる場は、私にとって仲間を探す場所でもあるの。
 

踊りを通じて、言葉の通じない同士でもゆるやかに繋がれる体験というのも、グローバル化が進む社会のなかで人間らしくある生き方をめざす場合にも、意味の大きいことかなと思います。

その通りだと思う。

INFORMATION

FRUE

“魂の震える音楽体験” をコンセプトとするパーティ。ジャズ、ロック、ワールド、テクノ、電子音楽など、様々な音楽のジャンルの中から、強く、深い、そして濃い精神性を携えているミュージシャンを、世界各国から日本に招聘。文化や風土の異なる豊かな精神や音楽に触れることで、凝り固まりがちな意識に揺さぶりをかけていく。3月20日にはディーナ・アブデルワヘードを招いたイベントを代官山UNITで開催。

http://frue.jp

 

CREDIT

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TEXT BY SORANE YAMAHIRA
ワシントンDCにて社会変動に焦点をあてたアート・スタジオBellVisuals勤務。プロジェクションやライトアートを中心に、光を使った作品の製作を手がけるほか市民活動支援に軸を置いたメディア・コンサルタント業務にも携わる。1980年名古屋生まれ、東京育ち。日本では東京国際レズビアン&ゲイ映画祭ディレクター、マーケティング代理店勤務などを経て渡米後はフリーペーパー記者、和食シェフなどを経て現職。

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