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2020.02.18

コンビニ化する今の大学教育から脱皮するには? 東京ミッドタウン「未来の学校祭」にて、メディアアートと教育を考える

TEXT BY AKIKO SAITO

東京ミッドタウンで、2020年2月20日(木)から2月24日(月・祝)までの期間、開催されるイベント「未来の学校祭」。イベントでは、”新しい大学への脱皮”をテーマにした「脱皮 CampusExhibition」と題される展示が行われる。

少子高齢化による学生の減少、義務教育でプログラミングが授業化されるなどこうした社会状況の中で大学は今、そして未来に向けてどう脱皮しようとしているのだろうか?

参加するのは、慶應義塾大学SFC、多摩美術大学、筑波大学、武蔵野美術大学、リンツ芸術デザイン大学の国内外の5大学。一体どんな取り組みが行われるのか、展示に参加する大学のひとつ、多摩美術大学の情報デザイン学科 メディア芸術コース「メディアラボ」の、久保田晃弘先生と谷口暁彦先生に話を聞いた。

なぜそれをやりたいのか? 自ら課題を設定させる「問い」の教育
多摩美術大学の情報デザイン学科 メディア芸術コース「メディアラボ」久保田晃弘先生(左)と谷口暁彦先生(右)

久保田晃弘(以下久保田): 今回は、メディア芸術コースの中でも「メディアラボ」と呼んでいる、谷口先生と僕が担当するラボ(研究室)の学生たちが展示をします。そもそもこのメディアラボは、三上(晴子/メディアアーティスト、2015年没)さんと立ち上げたもので、2000年のラボの設立以来、一貫して「メディアアート」をテーマにしてきました。今回参加するのは、その3年生の学生たちです。3年次の演習は、僕ら以外にもクワクボリョウタさん、永田康祐さん、小田原のどかさんが非常勤講師を担当している、とても豪華な授業です(笑)。

「メディアアートを教える」とは、具体的にどんなカリキュラムになるんですか?

久保田: コース全体としては、1、2年は基礎課程で、3、4年から個人の作品の制作に移ります。メディアラボの一番の特徴は、3年次から各自が卒制に向けて制作を始めるということです。

通常、卒制に向けた個人制作は4年生からという印象がありますからね。

久保田: 卒業制作は4年間の集大成になりますが、いきなり4年になって「いい卒制を作って」と言っても、たった1年、実質的には4月から12月の8ヶ月では短すぎます。だから、3年次は「そもそも自分はなぜ美大に来たのか」「なぜ制作をしたいと思ったのか」から、「小さい頃は何をやっていたのか」ということまで、さまざまなことを考えてもらうことから出発します。メディアラボには、「課題」や「テーマ」と呼ばれているようなものが一切ありません。

学生自身が課題を考えなければならない。難しいことですね。

久保田: 学生たちは、毎週いろいろな先生と会ったり、学生同士の議論を通じて、「自分が何を作りたいのか」を少しずつ明確にしていきます。もちろん、ただ話すだけで
作品はつくれないので、そのためにリサーチをしたり、フィールドワークをする必要があります。技術についても、必要に応じて教えていきます。

先生がテーマを提示する方が学生もやりやすいのでは?

久保田: 僕らが学校、特に美術大学で「やってはいけない」と思っているのは、先生個人が関心を持っているテーマを学生たちに布教することで、それが世界で唯一の立派なテーマであるかのように思い込ませ、無意識のうちに学生が教員のために働かされてしまう、ということなんです。一旦信じ込んでしまえば、それは教員と学生の両者にとって心地良い状態になるので、なおさら危険です。「何をやるか」は、学生自身が自分で見い出さなければなりません。もちろん、それには時間がかかるので、3年次の頭からそれに費やす必要があるのです。

アーティストとしての独り立ちを既に促されているような状況ですね。

谷口暁彦(以下谷口): 卒業してからも、アーティストとして「作品を作っていく」ということは、結局「自分で課題設定ができるか」ということなんです。だから僕らから課題を与えるのではなくて、むしろ長い期間をかけて、教員とディスカッションをしながら、学生たちが自分の課題を生み出していくことが不可欠なんです。

教師の役割は、学生たちの課題を引き出していくことですか?

久保田: はい、とにかく質問をし続けるんです。やっぱり美大の学生ですから、何はともあれ「やりたいこと」を持ってきます。それはイラストやアニメーションかもしれませんし、プログラムやデバイスかもしれない。そこで「なぜそれをやりたいの?」と問いかける。「なぜ○○なのか?」「どうして○○したいと思うのか?」と聞くと、なかなかすぐには答えられないんですよ。そこから悩んだり、調べたりしてて、少しずつその答えが見えてくる。するとまた次の質問をするんです。

谷口: 授業が始まると「普段何を作っているの?」とか、「どういうことに興味があるの?」ということを学生に聞くところからスタートするんですね。そうした日常のちょっとした興味や関心から掘り下げていきます。逆に、普段からそうした日常への能動的な眼差しがないと難しさを感じる方法かもしれません。

基礎が身についた後に、自由なジャンプが可能になる

うらやましい環境でもありますが、むきだしの本質を試される場でもありますね。

久保田: 当事者になったメディアラボの学生たちは、本当に大変だと思います。美大においても、意外と「どうしてあなたはそれをやるの?」と聞かれることは、あまりないように思います。社会の中でこうした場所があるということが、大学のひとつの役割なんだと思います。それぞれの人が、それぞれの人に応じて力を発揮できるというか、伸び伸びできる場所を発見してくれるといいですよね。

美術だけでなく、その後の人生において学びになりそうな授業ですね。

久保田: それができるのが、美術大学のいいところなんです。美術大学以外では、通常は教員が決めた研究室のテーマなるものがあって、学生がそれを選ぶことはできても、変更することはできない。メディアラボにはそうしたドグマがないから、僕自身もバイオアートをやってみたり、衛星を打ち上げてみよう、といった自由な動きができる。

でも、それは基礎教養がないとできないことですよね。そもそも基礎を叩き込んでいるから、自由演技ができるようなことなんでしょうか?

久保田: 1年時からProcessingなどのプログラミングを教えたり、他にはクラフトや映像音響、共通教育では、美術史や美学など、一通りの科目が揃っています。
他には、2年生と3年生に提供している「専門講義科目」があって、演習科目と連動しています。僕は「ハイブリッドアート」という科目名でデジタルからバイオまで、さまざまなアプローチの作品の話をしたり、ICCの畠中(実)さんは「メディアアート原論」と「サウンドアート」の授業を受け持っています。2、3年生の時間割は、午前中が講義で、午後が演習になっています。手を動かす演習と、知識を広げる講義のコンビネーションが重要なんですよ。

技術に溺れる危険を乗り越える

かたや「メディアアート」という表現ジャンルは、技術が先行してしまうイメージもあると思うのですが…。

久保田: そこがメディアアートが陥りやすい罠で、技術が高度になればなるほど、そこに溺れる危険性を持つわけです。技術が持つスペクタクル性にテーマが負けてしまう。プログラミングやデバイスに溺れてしまうと、作品としての強度がどうしても弱くなる。エンターテインメント化してしまうんですね。技術を深追いしないということが、そこに陥らないためのひとつの手だと思っています

手段と目的が入れ替わってしまうんですよね。それを先生方が修正していくわけですか?修正というか、導いてあげるというか。

久保田: あたりまえのことですが、見事なプログラムを書いただけでは作品にならないんですよ。プログラミングのデモンストレーションで終わってしまう。三上さんは、そういう作品を学生が提出してくると、「ただのスクリーンセーバーじゃん」といって、ばさばさ斬っていました(笑)。

なかなかスパルタですね(笑)。「メディアアートを教育する」にあたり、お二人はどんな考えのもと、学生と接していらっしゃるんでしょうか?

久保田: それはメディアアートの出発点からお話したいのですが、90年代から2000年代の頭に起こったメディアアートと呼ばれた動きは、もの派や具体などと同じく、ひとつの大きな芸術運動でした。それが「インタラクティヴ・メディア・インスタレーション」と呼ばれているもので、伝統的な絵画や彫刻のような、既存の形式のものとは大きく異なる、技術と表現ががっつり組み合わさった新しい芸術形式でした。

それは時代が生み出した半ば必然的な運動で、三上さん、藤幡正樹さんのようなアーティストがさまざまな作品を制作し、IAMASでは坂根(厳夫)さんがインタラクションをテーマに展覧会を継続的に開催しました。学生には、まずそうした運動の歴史があることを知ってほしいと思っています。

一方で谷口さんは、そのメディアラボの教育を受けてアーティストになり、現在は教壇にも立たれているわけですが、谷口さんはこのテクノロジーがあふれる時代にどういう教育を考えていらっしゃいますか?

谷口:「メディアアート」は、素材が限定されない表現形式です。複数のメディアを横断することが当たり前に行われている。だから、使う技術や素材が常に相対化されるような眼差しが生まれてくる場所だと思うんです。つまり、向き合うメディアに対して、常に批評的にならざるを得ない。そこからまだ形容できないような形式の作品が生まれてくることもあると思います。メディアラボという場では、常に自分が向き合っているメディアが何なのかが問われ続けるように思います。そこが大事なんじゃないかと。

メディアアートは「新しい芸術」の宣言

久保田: メディアアートが「メディア」アートと呼ばれるのは、その主題がコンテンツにはないということです。かつてはソフトウェアを芸術だとは誰も思わなかったわけですが、でも今では、ソフトウェアの中に新しい芸術形式がある。それはプリントアウトできたり、額装したりするものとはまったく違う。例えばネットワークの中で、GitHubのように日々変更される、あるいは実行時に立ち現れる何物かだったりする。芸術運動というのは、「ここに新しい芸術がある」と宣言することです。そういう観点であれば、メディアアートには今なお意味がある、可能性があると思っています。

世間ではかまびすしく新しいテクノロジーが喧伝されていますが、そんな今からでも全く新しい芸術形態が存在しうるのではないかと追求するのが、メディアラボということなんですかね。

久保田:「形式」という意味では、例えば「バイオアートです」といくらいっても、それを絵画や彫刻をはじめとする既存の形式で美術館に展示したのでは、それは単に既存の芸術形式を踏襲しているだけであって、新しいメディアや形式を作ったとは言えません。でも、例えば血管の中で赤血球が動いている、という状況に対して「そこにいかなる芸術が存在し得るのか?」という議論をすることはできます。そこにあるコンテンツは、バイロンの詩でも『HELLO WORLD』でも何でもいいんです。そうしたことが、さまざまな技術の発展と共に、今なおあり得るんじゃないか、ということをモダニスト=フォルマリスト的ですが信じています。

今、「メディアアート」がバズワードみたいな感じになっていますけど、そういう状況にあまり踊らされずやっていこうというスタンスですか?

久保田: 新しい技術を古い芸術形式にはめ込んだだけでは、それをメディアアートと呼ぶことはできません。技術と表現の緊張関係、あえて言えば予期せぬ出会いとすれ違いこそが重要なんです。技術はそれ自体で面白いし、スペクタクル性もあるので、みんなすぐに魅了されちゃいます。8Kの大画面映像ってキレイだな! 5Gって異様に速いな! とか。でもそこに「ちょっと待って」と言うことが、アート側の役目かもしれません。

もちろん、技術を使う市民として知らなければならないことも多いので、技術との適度な距離感はアーティストである以前に大切です。逆に技術に対する無知が、技術の可能性を死なせてしまうこともある。技術と表現の隠れた緊張関係を、うまく見い出せる人が必要です。

谷口さんは現在、ゲームエンジンの「Unity」で作品制作をされていますが、それも、まず表現したいことがあって、後から手段を選んだということでしょうか。

谷口: それはすごく大きいですね。「スクリーンセーバーじゃない表現」を目指したときに、実家の具象的なモチーフを3D空間に取り込み始めました。そうして作ったのが「実家3D」というライブパフォーマンスのソフトウェアでした。そういうものを引き続き扱っていく時に、表現手法としてゲームエンジンとすごく相性が良かった。

「実家3D」(2010〜)

久保田:「実家3D」は最初はProcessingで書かれていて、ものすごく苦労しながらやってましたよね。その苦しみが表現の一部でもあった。その後Unityが出てきたおかげで、今度はそのコンセプトを多面的に展開できた、という感じがあります。

谷口: そうですね。それに、ゲームやゲームエンジンという形式はすごくインタラクションの問題と密接なので、そのテーマについて考え続けることができるメディアだと思います。

ゲームエンジンを使って制作されたパフォーマンス作品「やわらかなあそび 」(2019)

久保田: メディアアートというと「最先端技術」というイメージで語られることもありますが、それは違います。メディアラボでは、あまり高額で特殊な機材を使うことはありません。本当の最先端というのは、ものすごくお金がかかるから、アウトプットが保守的にならざるを得ないんですよ。価格も機能の一種なので、高額の機材の機能は低くて、安価な機材は、価格という点ではとても機能が高い。

面白いですね。最先端の技術を追い求めるのは、技術的な組織がやるわけですから。
メディアアート作家には、人々の先入観をはぎ取るとか、その意味を引っぺがして再構築するとか、そういうことが求められるんでしょうか。

久保田: 技術に対する愛の違いかもしれませんね。例えば、ディスプレイはいろいろなことができるのに、解像度ばっかり探究しちゃうのはもったいない! と思って、「この子はもっといろいろなことができるんだよ」ということが伝わる作品を作ろうとするだとか(笑)。

谷口: 技術が持っている機能と、美術が持っている機能の二つがあると思っています。けれど、美術が持っている機能のほうが、忘れ去られてしまうことが結構多いかなと思うんです。メディアアートというのは、その二つが交錯する地点なのだと思います。

久保田: だから本当に、ハイブリッドであることだとか、ある種マージナルであることこそが、すごく大事なんだと思います。

「逆大学(Inverse University)」に込めた意味とは?

今回の「未来の学校祭」の展示には「逆大学(Inverse University)」というタイトルが付けられていますが、どのようなコンセプトなのでしょうか?

久保田: メディアラボの3年生が授業で作った作品、そこには最終的に3年次の作品として結実しなかった、いわばボツ作品や未完のアイデアも含まれるのですが、それらを学生自らが持ち寄り、再構成して展示するものです。だから、ミクストメディアならぬ、ミクストステューデント作品になります。最初にお話したように、メディアラボでは教員ではなく学生たちが、自ら自分の課題を決めていく。だから普段から「逆大学」なんです。教員が用意したフレームワークに学生をはめ込むのではなく、学生の主体的な活動の中から、カリキュラムというフレームワークが、むしろ後から生まれてくる。僕らにとっては、あたりまえのコンセプトです。さらに今回の展示では、学生たちがつくりあげようしている場を見ながら、僕らの方が架空のカリキュラムを作りました。そのカリキュラムを学生自身がさらに反転してくれるといいなぁ、と思いながら。

オーダーメイドのカリキュラムを施して、さらに学生にフィードバックしたものまでが作品なんですね。

谷口: いわゆる普通の大学とは逆のことなのかもしれませんが、今回の展示では、学生がその架空のカリキュラムを受けて、それを反映させることで、さらにひっくり返るというわけです。逆が反転すると元に戻る。バカボンのパパの言う「賛成の反対なのだ」ですね。

久保田: だからこその「逆大学反転学科」なんです。コンビニ化した現在の大学教育の在り方に対する問題提起も含めて、皆で相談しながら構成しました。会場では、今回の展示のために制作した、架空のカリキュラムとイメージで構成した冊子も配布します。ぜひこの冊子を読みながら、展示を見てください。それぞれの学生が自分の作品を展示台にそれらしく配置するのではなく、一つの共有インスタレーション空間の中に、みんなの作品が、複数の背景と、複数の関係を持ちながら共存している。そうした多自然的な展示になると思います。

楽しみにしています。ありがとうございました。

INFORMATION

未来の学校祭 “脱皮 / Dappi ―既成概念からの脱出―”

期間: 2月20日(木)~2月24日(月・振休)
時間: 11:00~21:00
場所: 東京ミッドタウン各所 他
入場料: 無料
主催: 東京ミッドタウン
特別協力: アルスエレクトロニカ
協力:東京ミッドタウン・デザインハブ

 

「脱皮 CampusExhibition」

【場所】東京ミッドタウン・デザインハブ(ミッドタウン・タワー5F)

https://www.tokyo-midtown.com/jp/event/school_future/campusexhibition.html

 

CREDIT

Akiko saito
TEXT BY AKIKO SAITO
宮城県出身。図書館司書を志していたが、“これからはインターネットが来る”と神の啓示を受けて上京。青山ブックセンター六本木店書店員などを経て現在フリーランスのライター/エディター。編著『Beyond Interaction[改訂第2版] -クリエイティブ・コーディングのためのopenFrameworks実践ガイド』 https://note.mu/akiko_saito

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