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2017.03.16

デジタルアートと音楽がシフトさせたフランス旧港町の歴史、スコピトーン・フェスティバル

TEXT BY MIREI TAKAHASHI

フランス西部、ロワール川河畔に位置するナント市で開催されるデジタル音楽とメディアアートの祭典、Scopitone(スコピトーン)フェスティバル。ここには最先端のミュージシャンが集まるとともに、アートとサイエンス、テクノロジーの融合によるクリエーションを推進している。去る2月末日、日本のフランス文化機関アンスティチュ・フランセ東京開催のメディアアートイベント「デジタル・ショック2017」に合わせて来日中だった、スコピトーン・フェスティバルのアーティスティック・ディレクター、セドリック・ユシェに話を訊いた。

ブルターニュ半島の付け根にある海に面した都市ナントは、ブルターニュ公国の中心地として発展し、18世紀前後には大西洋への窓口として三角貿易で栄えた。日本人の私たちにとっては「ナントの勅令」が発布された場所と聞けばピンと来る人も多いだろう。その地で毎年9月に開催されるScopitone(スコピトーン)フェスティバル(以下スコピトーン)は、ヨーロッパのメディアアートを牽引すると共に、ナントおよびフランス国内のデジタルカルチャーの発展に寄与してきた。

スコピトーン・マシン。16mmフィルムの映像観覧を可能にしたジュークボックスの一種。

なお、イベントの名称である「スコピトーン」という単語は、1960年代にフランスを中心に流行した、アーティストのイメージフィルムと一緒に音楽を流すジュークボックスのことを指す。MTVが開局する1981年よりも20年近く前に、ミュージックビデオを再生するガジェットがフランスで受け入れられていた。これも今にして思えば、デジタルテクノロジーを媒介にしたアートとサイエンスの再会を予感させる出来事と言えるのかもしれない。

セドリック・ユシェ
スコピトーン・フェスティバル アーティスティック・ディレクター
旧市街で生まれた、フランスのデジタルカルチャー発信拠点

毎年9月に開催されるスコピトーンはどんなイベントなのでしょうか? ヨーロッパにはアルスエレクトロニカをはじめとするメディアアートのフェスティバルがいくつか存在しまが、スコピトーン独自の特徴を教えてください。

セドリック:フランスでは、国内各地でさまざまなフェスティバルが催されています。コンテンポラリーアート寄りのものもあれば、エレクトロニカミュージックやメディアアート由来のフェスティバルもある。そのなかでもスコピトーンは、音楽とアートのバランスを模索しながら開催してきたイベントです。

時を遡って90年代頃、フランスではメディアアートというものの存在自体があまり知られていませんでした。そこから2002年に第1回目のスコピトーンが開催され、現在に至るまで変化や進歩を続けながら、フランスでテクノロジーアートや、アート&サイエンス、メディアアートの分野を拡張する存在となっていったのです。

© CLACK / Photo by David Gallard – Scopitone 2016

歴史のある港街だったナントに、スコピトーンという先端的な試みが入ってきたことで、街自体のイメージが変わってきたという話を聞いたことがあります。実際にはどれだけの変化があったのでしょうか?

セドリック:まずお伝えしたいのは、ナントには奴隷制と深い関わりを持つ歴史があるということです。17世紀、大西洋の窓口だったナントでは、アフリカとアメリカの間で行われた三角貿易で奴隷を取引していました。それによって街が豊かになったことも確かですが、街はこの反省を引き受けなければなりません。そこで20年前、当時の市長が、街のイメージを向上させるための文化新興に大きく注力するようになりました。現在のナントはフランス国内で6番目の規模の街ですが、この文化施策によって、非常に豊かで文化があふれる街へと成長していました。また同時にデジタルインフラの整備を進めたため、フランス国内ではパリの次にインターネットの接続環境が良い街にもなりました。歴史も長い街なので、美しいお城や昔の建物も残っています。

© CLACK / Photo by David Gallard- Scopitone 2016

またインフラだけではなく、教育や企業活動においてもデジタル方面に力を入れるようになりました。その文脈においてスコピトーンは、デジタル分野を普及させ、プロモーションをしていくパイオニアとしての大事な役割を担ってきました。

しかし最近のフェスティバルの傾向としては、昨今の急速なデジタル普及に対する批判や反動に対して、メディアアートやデジタル時代のカルチャーを促進するだけでなく、クリティカルに社会を捉えていく立場も持ちえています。そのあたりは慎重に競技しながらプログラムを考えていますね。

アート&サイエンスを推進する機関へ

スコピトーン・フェスティバルの母体団体Steleolux(ステレオリュクス)とは、どのような機関なのでしょうか?

セドリック:以前のスコピトーンは1週間だけのフェスティバルでしたが、2011年に活動の拠点施設ステレオリュクスが建設されてからは、その施設内でさまざまな分野を交流させるプログラムやプロジェクトが年間を通して行われるようになりました。

そこではアートとテクノロジーのラボラトリーがあり、アートと科学、経済、企業活動、大学研究などとの協働プロジェクトが行われています。

© CLACK / Photo by David Gallard- Scopitone 2015

他分野とのコラボレーションにおいて興味深い事例があれば教えていただけますか?

セドリック:2つの例を挙げましょう。1つ目は、2014年にハーマン・コルゲンとダヴィッド・ルテリエという2人のアーティストと、大学のロボット研究所や物理学研究者とのコラボレーションによる「EOTONE」というプロジェクトです。

作品の形態はパブリックスペースに設置した巨大な彫刻で、風が通るとその音が音楽になる構造になっています。これは風力を動力源としているため、電源もデジタル装置も使っていません。ですから、いわゆるメディアアート作品というよりは、現代アート作品に近いかもしれません。昨今、メディアアートと現代アートの区別をつけるのはなかなか難しいですね。「メディアアート」という言葉の定義は厄介なもので、慎重に扱わなければならないと思います。

もうひとつのプロジェクトは、黒川良一という日本人アーティストによる「unfold」というプロジェクトです。これは、フランスのCEAの宇宙物理学者とのコラボレーションによって実現したもので、研究所から提供された星の形成される際のシミュレーションデータや、分子星雲のデータをもとに、黒川さんがビジュアライズを試みています。(詳しくは過去の黒川良一インタビュー記事に)

CEAとは、どのような経緯でコラボレーションをすることになったのでしょうか?

セドリック:CEAとのコラボレーションは、それ以前に行われた「ExplorNova 360°」という教育プロジェクトに端を発します。科学を一般の人にも分かりやすい形で普及させたいと考えていたCEAの宇宙物理学者ヴィンセント・ミニアは、「アーティストとコラボレーションによって、従来の教育プロジェクトをより発展させられるのではないか」と考えて、スコピトーンにアプローチをしてきてくれたんです。

その後、ヴィンセントは黒川さんのアーティスティックなアプローチに関心を持ち、コラボレーションが始まりました。「unfold」は宇宙にある星の死と生成にまつわるプロジェクトですが、研究者が日々取り扱う星の温度や生命の長さ、重さ、光などのデータは、一般の人には分かりにくいもの。それを、アートという形を通して多くの人たちに伝えられるのではないかと。

たとえば宇宙の写真は、黒や赤といった具合にさまざまな色で着色されています。それを一般の人が目にすると、黒い部分は「何もない場所」とみなされ、赤い場合は「熱のある場所」と判断されがちです。

しかし、実際は黒い部分にもさまざまな物体が存在し、赤く見える場所が非常に寒いこともあります。こうした一般のお客さんが持つバイアスを壊すためには、アーティストの力が必要でした。驚いたことに、この仕事を依頼された黒川さんが星のデータを独自のアプローチで映像によって再構築したものは、科学者がイメージしたものと非常に近かったのです。

制作体制などの内情についてもお聞きしたいのですが、そうしたアートサイエンスのプロジェクトの資金はどこから発生したのでしょうか?

セドリック:「unfold」の場合は、CEAが科学者側にかかる予算をすべて負担していました。一方、アーティスト側の制作費は、合計で15万ユーロ(約1800万円)もかかる。この金額をスコピトーンだけでは負担しきれないので、色々なパートナーやスポンサーを探し、リバプールのアート&テクノロジー機関「FACT(Foundation for Art and Creative Technology)」や、マンチェスター大学などの協力を得ました。

日本にもアートとサイエンスをつなぐ試みは存在しますが、その規模はまだ大きいとは言えません。こうした異分野の機関をつなぐプロジェクトの場合、大抵ネックになるのが予算問題です。行政などの公的資金を得る以外の方法として、大学や企業などの外部機関に協力を得る場合、その未知なるプロジェクトの価値を対外的に説明する必要に迫られますよね。スコピトーンでは、どのようなコミュニケーションを行っているのでしょうか?

セドリック:正直に言って、このプロジェクトの関係者はほとんどが大学や公共機関や研究機関などの公的機関で、企業からの協賛はどんどん得にくくなっていますね。その代わりに、スキルを持つ人材の交流など、企業からも金銭以外の支援は多数存在します。私たちのような実験的なプロジェクトに協力することが、将来的にその企業の宣伝になりますから。しかし、ここは同時に難しいところでもあり、企業を巻き込んでいく際に、コマーシャルな展開に寄せられすぎず、アートの領域を守ったままお互いにメリットを見出しうるか、ここが一番のポイントだと思います。

欧州のメディアアートフェスティバルや文化施設には、フェスティバルの開催やコラボレーションのプロジェクトのほかに、教育のプログラムが付属していることが多いと思いますが、教育は社会とのコミュニケーションを持続させるアプローチになりえると思います。

セドリック: スコピトーンの中には、一般のお客さん向けの教育プログラムやレクチャーなどがあります。以前は音楽に関するプログラムが中心でしたが、徐々にメディアアートが中心のプログラムへと変わってきています。

たとえばこのプロジェクトは、2〜3歳の子ども向けのワークショップで作成された作品です。2〜3歳ぐらいの子どもがフロアに入ると、さまざまな形や音、色が現れ、子どもの身長や動く速度やパターンによって変化します。このインスタレーションは、子どもがどのように自分を取り巻く環境を把握するかを示すのが目的です。子どもは2〜3歳くらいの時に自分の周囲の環境を認識します。それを表現するためのインスタレーションでした。

教育に続いて新人アーティスト支援でいうと、2年前からアンスティチュ・フランセ東京と共催の「デジタル・ショック賞」が始まりましたね。昨年の受賞者はノガミカツキでした。

セドリック:この賞では、受賞者に賞金として制作費・滞在費が支給され、実際にスコピトーンでレジデンスと作品展示を行ってもらいます。昨年受賞したノガミは常に我々の予想を超えるアーティストですね。受賞した彼の作品『Rekion Voice -礫音-』は、デジタル化の時代に対するカウンターとも言えるローテクなアプローチが非常に面白く、コンセプト的にも美学的にも素晴らしい作品でした。

《Rekion Voice -礫音-》ノガミカツキ/渡井大己 Photo by 荻原楽太郎
http://www.institutfrancais.jp/tokyo/events-manager/rekion-voice/

この賞には、どのような期待を寄せていますか?

セドリック:日本のアーティストやクリエーション、特にデジタルツールの使い方やハッキングの仕方はとても魅力的です。私はフランスの人たちに、もっと日本のアートへの関心を持ってもらいたい。そうすることで、フランス人のアーティストが日本のアーティストから影響を受けたり、彼らにとっての新しい発想が生まれたりすると考えています。

最後に、あなたにとってアートサイエンスとは何でしょうか?

セドリック:難しい質問ですね。なぜなら、アーティストと科学者が同じように何かを考え、ものをつくろうとしたとき、うまくいく可能性は五分五分だからです。ほとんどの場合がそう簡単にうまくはいかない。

けれど、時おりクレイジーな人間同士がぶつかり、極めてクローズドな関係の中で、奇跡的なフュージョンが起こることがあります。そのとき、私たちが体験したこともない、驚くべきイリュージョンが生まれると思っています。

 

Infomation

デジタル・ショック賞2017

【応募締切】2017 年4 月16 日(日)24時(日本時間)必着

※作品は海外で未発表のものに限られます。

【審査員】

セドリック・ユシェ(スコピトーン・フェスティバル アーティスティック・ディレクター)

ジル・アルヴァレズ(ビエンナーレ・ネモ ディレクター)

四方幸子(インディペンデント・キュレーター)

畠中実(NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]主任学芸員)

サンソン・シルヴァン(デジタル・ショック プログラム責任者)

詳しくはウェブサイトへ

http://www.institutfrancais.jp/tokyo/events-manager/prix-digital-choc-2017/

 

CREDIT

Mirei
TEXT BY MIREI TAKAHASHI
編集者。ギズモード・ジャパン編集部を経て、2016年10月からフリーランスに。デジタルカルチャーメディア『FUZE』創設メンバー。テクノロジー、サイエンス、ゲーム、現代アートなどの分野を横断的に取材・執筆する。関心領域は科学史、哲学、民俗学など。

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