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2017.07.03

モスクワ、世界最古の科学館が率いる科学技術とアートの祭典「ポリテク・フェスティバル」

TEXT BY YURI TANAKA

5月下旬、モスクワで開催された科学技術とアートの祭典「The Polytech Festival of Science, Art & Technology(ポリテク・フェスティバル)」は、1872年に設立された世界最古の科学館が主催し、科学技術の市民普及を目指して2014年に始まったフェスティバルだ。宇宙芸術研究部会のプロジェクトを率いて出展した田中ゆりが、イベントの動向をレポートする。

旧ソ連時代のパビリオン地区から、サイエンスの文化を発信

ポリテク・フェスティバル主催のThe Polytechnic Museumは、1872年に設立された世界最古の科学館である。施設そのものは2000年よりリノベーションを始め(現在も工事中である)、来年3月以降段階的にオープンしていく見通しだ。なお、このリノベーションの建築コンペ受賞者は石上純也氏で、科学館を「庭」に見立てるプランで竣工を進めているという。

リノベーション期間中、彼らはオフィスをVDNKh(ヴァーデンハー)という、旧ソ連時代(1930-80年代)に建てられたパビリオンの連立する地区に臨時移動した。The Polytechnic MusuemキュレーターのOlga Vad(オルガ・ヴァド)さんによると、旧ソ連時代の産業や経済を象徴的に展示する「産業の神殿」のような場所らしく、現在は主に文化施設の展示などに使用されている。私も現地を訪れてみたが、かつての宇宙開発競争時代を彷彿させる物体も数多く、旧ソ連時代の懐古的な音楽の流れる空間の中に佇んでいた。

現在The Polytechnic Museumが展示するパビリオン(左)とVDNKhの広場。
Photo: Yuri Tanaka

リノベーションと時を同じくして、科学館のマネージャーやキュレーターも一新された。新たなチームや方向性とともに、教育部門の代表でもあるIvan Bogantsev(アイヴァン・ボガンテフ)さんがディレクターとなって、2014年からPolytech Festivalが開催されるようになった。当初はVDNKhの広場周辺で開催されていたが、今年はその会場の一部もリノベーションを始めたため、急遽Gorky Park(ゴーリキー・パーク)という、モスクワ川の畔の壮大な公園に会場が変更された。

会場の門に集ったスタッフたち。
photo credit: the Polytech Festival of Science, Art & Technology (Moscow, Russia)

フェスティバルの対象はモスクワ市民、科学の実演ショーから多国籍なアーティストの出展、少しマニアックな講演まで、出展者の顔触れはさまざまである。

歴史ある科学館のフェスティバルで、なぜアーティストの出展が促されるようになったのか。冒頭で述べたOlgaさん曰く、「トーク、メーカーズフェアや科学実験ブースのような古典的な科学イベントにはしたくなかった。科学をただありのまま見せるだけはなく、芸術や文化などの文脈から、たとえ学校で勉強して以来科学に触れていなかったような人々にも、興味をもってもらえるようにしたかった」。

それは、彼らにとって科学技術を異なる視点から捉え、市民とつないでいく方法論であるのかもしれない。たとえば、下記の写真に見られるように、科学技術を「分かりやすく伝える」というよりは、直観的、体験的、あるいは比喩的なアプローチで市民に展開していることが伺われる。

木々の背後に佇むBenedetto Bufalinoさんの作品《La Caravane dans le cile (2017)》
photo: Yuri Tanaka

このアプローチは、現在工事中のThe Polytechnic Musuemにも当てはまる。幼児や青少年に向けた部門から、物質、宇宙、運動、エネルギー、デジタル技術、言語、脳、医療、生命、科学の部門、アート&サイエンス部門などの展示もあり、各専門家やキュレーターが連携して企画している様子である。

Olgaさんはこう語る。「アーティストと科学者の協働の関係性はいつも独特だけれど、彼らがまとまろうとしたとき、新たな視点や視角、彼らの興味関心のある領域から新たな言語も生み出される。科学館キュレーターの私にとっては、この関係性は科学技術がどのように私たちの暮らしや社会を変容し、ポジティブな側面からだけでなく、複雑で時として議論を伴う科学技術の側面を表すことができる機会なの」

見えない宇宙を紐解く、芸術と科学のあいだの対話

さて、縁あって私は彼らから招聘を受け、自分の研究チーム宇宙芸術研究部会の桜井龍さん、下山肇さん、高橋綾さん、槇塚登さんらと出展するとともに、CERNの実験物理学者 Michael Doser(マイケル・ドーザー)さんとの講演を企画することとなった(CERNでの協働に関しては前回の記事参照)。

作品のタイトルは《Flowers behind the back of the universe》 – 対蹠点と呼ばれる、地球を軸にモスクワの真反対の地点の星座を芝生にレイアウトし、その上に周囲の環境を映し出す立体造形を散りばめた。そして、それらの中にワークショップで市民と共につくった折り紙のバラの花を生けていくものである。自分の立つ今ここの地上の反対側の空を想像し、生命の比喩となる花を生ける。それは、宇宙に花を咲かせていく芸術的営みである。

フェスティバル側と企画から意見交換を重ね、立体造形の制作は現地の職人さんに依頼した。そのようにして、モスクワ市民と共につくり上げていく、協働の作品となった。

フェスティバル期間中は、思いのほか多くの人々がやってきた。会場が常時開放された公園であることからも、通りすがりで立ち寄っていく人々の姿も多々見られ、フェスティバルが広く市民に開かれた存在となっているように感じられる。

《Flowers behind the back of the universe》 (2017)
インスタレーションと隣接するワークショップおよびフェスティバルのインフォ。
photo: Yuri Tanaka

続いて講演企画、 “Unveiling the invisible cosmos: dialogue in-between art and science” – 「見えない宇宙を紐解く、芸術と科学のあいだの対話」について触れたい。Michaelさんと私の視点から、我々がどのように不可視的な宇宙の要素にアプローチしているかについて話を展開した。講演に至るまで幾度も対話を重ねた我々であるが、核は作品コンセプトの根底にもある、『星の王子さま(原題:Le Petit Prince)』にすることで合意した。すなわち、本当に大切なものは目に見えないもの。ダークマターやアンチマターなど、人類は未だ宇宙のほとんどを解明しえていない。では、宇宙に対する信念は、私たちがこの宇宙で生きる意味は、心によってのみ見出されうるのではないだろうか、と。

講演の様子, photo credit: the Polytech Festival of Science, Art & Technology (Moscow, Russia)

科学技術や芸術、専門家の存在は、日常とかけ離れているように思われがちであることは否めない。しかし、私たちも一般市民の一部であり、どこの国で生まれ育とうとも宇宙のなかの一個の人間である。そうした心の壁を、このようなフェスティバルを通して、言語や文化を超えて、人と人のつながりのなかで溶解させていきたい。

ともあれ、最も強く刻まれた印象は市民の朗らかな笑顔である。ライラックの香りが芳しく漂うなか、たくさんの笑顔が花開いた、五月新緑のモスクワ。今後もこのフェスティバルがより多くの市民の笑顔を生み出し、彼らの生きる活力となっていくことを切に願う。

 

CREDIT

Yuri portrait 160
TEXT BY YURI TANAKA
筑波大学、UC Berkeleyへの留学を経て東京大学大学院情報学環・学際情報学府修了。その後、直島に在住しキュレーションや地域協働に携わる。2015年、Ars Electronica Futurelabにて滞在研究員としてリンツに約半年間滞在。現在、東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程、環境芸術学会宇宙芸術研究部会部会長、ITACCUS(国際宇宙連盟宇宙文化活用委員会)エキスパート。CERNとの協働など、宇宙芸術を専門に世界各地でプロジェクトを展開。宇宙の平和を目指している。

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