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2018.06.20
あそびは自分たちの手でつくる。|YCAMスポーツハッカソン&未来の山口の運動会レポート(前編)
TEXT BY NATSUKO NOMURA
5月に山口情報芸術センター[YCAM]で開催された「YCAMスポーツハッカソン2018」では、一般応募者から選ばれた約30名とゲストアーティストが集結し、新たな運動会種目を作り出すハッカソンが2日間かけて行われた。その翌日には「第3回 未来の山口の運動会」が開催され、各地から親子連れが250名強訪れ、ハッカソンで生まれた新種目をプレイした。試行錯誤の連続で熱気に包まれた3日間をレポートする。
何かを変えようとする心に「未来」がある
「みなさんも、運動会をつくってみませんか?」
「スポーツハッカソン」の発案者であり、ゲーム監督でeスポーツプロデューサー、最近は“あそび研究家”を自称する犬飼博士は、参加者に向かってこう語りかけた。
「今までと同じことをするのではなくて、ちょっとだけ未来に向かって変えようとする姿勢がある。そんな場のことを“未来の運動会”と呼んでいます。
決して、新しいテクノロジーツールを使うことが「未来」ではありません。皆さんの心が、ちょっとだけ何かを変えようと思うことが「未来」につながるんです。
みんなのお母さんたちは冷蔵庫を開けたらそこにあるもので料理を作って家族一緒に楽しもうとするじゃないですか。スポーツでも同じことをやりましょう。棒でも、枝でも、紙でも良いんです。そこにある、自分たちが持っているもので、ちょっとでも良いから自分たちの学校や地域で少しずつ変えていけるような運動会を作ってみまましょう。
自分たちの手で新しい種目を誕生させて、そこでしかできない、多様な、幸せな地域を作ってください。
未来の運動会はそういうスポーツのプラットフォームになっていくと信じています」
YCAMには、最高のラボメンバーがいる
スポーツハッカソンの会場となった山口県山口市にあるアートセンター・山口情報芸術センター、通称YCAM(ワイカム)では、2015年からメディア・テクノロジーを駆使して、新しいスポーツのアイディアを実現することを目的とした研究開発プロジェクト「YCAMスポーツ・リサーチ」を行なっている。
「YCAMスポーツハッカソン」はそのリサーチプロジェクトの一環として2015年から開催。3回目となる今回は、中学生から会社員、アーティストやエンジニアまで多様なバックグラウンドを持つ約30名の参加者が集まった。
参加者は開発(デベロップ)&遊び(プレイ)を同時に行う「デベロップレイヤー」(犬飼による造語)となり、2日間に渡って新たな「運動会の種目」を開発していく。プログラムの肝となるのは、最終日に小学生中心の子供から大人まで約250名が参加する「運動会」で開発した種目を実際にプレイすることだ。
ハッカソンが行われた「スタジオA」は、普段はパフォーミングアーツの舞台やインスタレーション作品の展示会場としても使われている。モーションキャプチャーや、大型スクリーン、照明、音響などが設置されており、テクノロジーを駆使したスポーツハッカソンを行うには最高の環境だ。
しかし、YCAM最大の魅力は「人」にある。YCAMには「YCAMインターラボ」と呼ばれる研究開発チームが存在する。彼らを単なる「ミュージアムスタッフ」と思ったら大間違いだ。彼らは、メディア・テクノロジーにまつわる多彩なスキルを持つ約30名のスペシャリストで、普段からアーティストの作品制作サポートをはじめ、バイオテクノロジーからスポーツまで多様な研究開発プロジェクトを進めたり、エデュケーションのプログラム開発を行っている。世界中のアーティストやエンジニアを魅了するYCAMを形作っているのは、何よりインターラボの面々の多彩さや人柄にほかならない。
このインターラボのチームが総力を挙げてハッカソンをサポートし、参加者とコミュニケーションを取りながら、アイデアをとてつもないスピードで具現化してくれるのだ。この理想的な環境は、既存の作品を展示するだけではなく作家と共に「作る」スタイルをとっているYCAMだからこそ実現できるものだろう。
デベロップ(開発)し、プレイする。デペロップレイヤー誕生!
スポーツハッカソンでは様々なツールが用意された。運動会では定番の玉入れや綱引き、大玉などのほかに、YCAMがこれまでに開発したデジタルツール。ほかには参加者からの持ち込みもあり、インタラクティブ・クリエーションに強い会社 IMG SRC(イメージソース)をはじめ、クリエイターの和田夏実、プログラマーの根津将之らが、独自に開発したツールを披露した。
このツールは回を重ねるごとに増えており、YCAMスポーツ・リサーチの成果の場にもなっている。「スポーツハッカソンはスポーツとテクノロジーを身近につなげられる場にもなっている」とYCAMエデュケーターの朴鈴子(ぱく・りょんじゃ)は話す。
また今回初めての試みとして、アーティストの岸野雄一、コンタクト・ゴンゾ、菅野創の3組がゲストデベロップレイヤーとして参加した。彼ら以前からはYCAMと関わりがあったアーティスト。「テクノ盆踊り」などで知られる岸野は、DJやマツリの演出担当、体当たりの身体パフォーマンスが特徴のコンタクト・ゴンゾは身体表現、そして菅野はメディアアーティストとしての感性を期待されていたという。
アーティストたちは、いわば365日「デベロップレイ」し、なおかつそのアウトプットに長けた存在であり、参加者と対等にアイデアをブラッシュアップしていく。その「運動会種目をつくる」というプロセスは、参加者のみならず、アーティストにとっても様々な学びにつながる時間だったようだ。
さて、ツールの説明が一通り終わると、デベロップレイヤー(ハッカソン参加者)たちは、15分の限られた時間内で新しいスポーツのアイデアをA4用紙にどんどんアウトプットしていった。
シンプルなルールの裏に隠れた、運動会種目の諸条件
YCAMスポーツハッカソンでは、運動会の種目を開発する際に、様々な条件も設けている。
●ルールがわかりやすいこと
●10分の説明で(子供から大人まで)すぐに理解できること
●1種目20分以内に終わること
●勝敗をつけられること
アイデア段階では面白いと思えても、実際にこの条件に当てはめてゲームにしようとすると難しい。当初使用予定だったツールを手放すチームもあった。取捨選択され、種目はどんどんとブラッシュアップされ、形を変えていく。
YCAMスポーツハッカソンは、とにかく時間がない。種目の面白さを追求し、勝敗の方法を明確にして、さらにルール説明のプレゼン準備まで行うのにトータルで約1日半しかない。さらに最終日である3日目には運動会を成立させなければならないというプレッシャーの中で、会場に溢れていたスタート時の笑顔は、次第に真剣な眼差しへと変化していった。
ホワイトボードを前に話し合いをしていたデベロップレイヤーの姿は、実際にツールにさわり、身体もフル稼働で動いていく光景に変わる。トライアンドエラーを繰り返して、みんなが一丸となって種目を作り上げていくのだ。
ゲームの本質は「ジレンマ」にある
犬飼は、デベロップレイヤーが煮詰まっていても、はじめのうちはほとんど声をかけない背景には、「あえて失敗してほしい」という思いがあったという。
「学校に行けば、先生は僕たちに『正しい』ことを教えてくれる。生きるために正しさは必要だけれども、正しさとは単なる過去の積み重ねなんだよね。人は何かを間違えた時に、初めて正しさを理解できる。スポーツハッカソンではあえて思いっきり間違えてみる。その上で、それぞれの未来を作る経験をしてほしいんです」
「失敗のススメ」を語る一方で、2日目に差し掛かるころには、犬飼やYCAMインターラボの面々が自然とデベロップレイヤーたちの輪に加わり、ゲーム作りをサポートしていく。たとえば、いくつもの要素を組み合わせすぎて煮詰まっていたチームに犬飼が伝えたコメントは印象的だった。
「ゲームの本質はジレンマにある。シンプルすぎてもつまらないし、複雑すぎても混乱する。ゲームのピークポイントに最高のジレンマを作ることで、プレイが活きてくるんです」
スポーツハッカソンにデベロップレイヤーとして参加したバウバウ編集長の塚田によれば、この試行錯誤の時間すらも「最高に楽しかった」と言う。
「テーブルに座り、ポストイットを貼りながらアイデアを出し合うハッカソン(アイデアソンとも言う)も思考の訓練としては面白いですが、このスポハカ(スポーツハッカソンの略称)はとにかく体を動かさないと始まらない。自分たちが実際にプレイをすることがプロトタイピングなので、2日間とにかく動きっぱなし。終わった翌日は筋肉痛で死ぬかと思いましたが(笑)、こんなに頭と体を使うハッカソンはかつてありません。未来のアイデアを求めてワークショップを繰り返す企業も、まずはこのスポハカにトライすべきじゃないかな。
なぜなら、ここでのアイデア評価基準は自分たちがやってみて面白いかどうか。20代女性とか、40代ビジネスマンといった遠くのユーザーを想定するより、自身が一番の体験者になる、という観点はとても貴重です。そして、この“面白い”を真剣に考えていくと、グループ内で楽しさが伝搬し、体が温まると同時にどんどんアドレナリンが放出されてくる。ああ、いま思い出すだけでも楽しい。企業人も、大学生も、今すぐオフィスや教室を飛び出してスポハカを始めるべきです」
後編へ続く
イベント情報
YCAMスポーツハッカソン2018
2018年5月4日〜6日
第3回 未来の山口の運動会
2018年5月6日